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赤色灯の下で。 第25話 負の連鎖

救急の現場っていうのは、交通事故のようにお外ってこともあれば、お家の中ってことも多い。
どっちにしても、こんな場所で要請があったらいやだなぁって場所があったりするもんです。目標物が何にもないような場所だったり、住所が飛びとびのエリアだったり…まぁ、“なかなか現場を特定できない場所”ってのが一番イヤなのですよ。
今からちょっと前に管内に建った高級そうなマンション。これもイヤな対象のひとつ。警防査察で行ったウチのスタッフ、みんなそろって唖然としちゃいました。というのも、棟によって進入経路がまったく違う。こっちの棟は正面に走る国道から進入しなければならないけど、隣の棟にはアクセスできず、こちらは裏道にあたる細い道から入る。しかも国道と裏道はダイレクトにつながってないから、大回りして転戦せねばならないわけですよ。しかも、単純にA棟・B棟・C棟と分けてくれればいいものの、A1棟・A2棟とこれまた紛らわしいのです。何でも、入居者それぞれの生活を干渉しないスタイルだそうですが、ウチらにとっちゃたまったもんじゃありません。各種法令をクリアして建築許可が下りているとはいえ、現場の私たちには厄介にほかなりませぬ。災害があっても現場を特定しにくいですし、現着後に車両の位置を変更するのも容易じゃございませんもの。「なんかあってもあきらめて」なんて言えませんから、こっちも必死。とはいえ、対策といっても号棟と進入路の徹底把握や、リカバリ方法、つまり、国道から裏道など別の進入路への最短ルートの把握くらいしかできないわけです。…あとは、署員一同、要請がないよう心からお祈り申し上げている次第でございます(泣)

…って、いくら祈ろうが、ヒトが生活している以上、なんかしら起こるわけですよ。ケガやら急病で我ら救急隊もちょこちょこ呼ばれてますし、ベルの鳴動やら何やらで、消防隊もちょこちょこと。で、行く度にみんなため息が漏れちゃいます。現場に行き着けてよかった、でも、今度大災害があって行き着けなかったらどうしよう…って。結構憂鬱にさせてくれる建物なのですよ、アソコは。そしてとうとう、いやな予感が的中しちゃう日が訪れてしまいました。

CPAの救急指令という穏やかじゃない状態。CPAだし、現場が3階で搬出困難ということでPA連携コースです。あのマンションということで、いつになく災害地点の確認も慎重。指令書記載の住所と地図をつきあわせ、豊嶋士長やら隊長、同時出場する消防隊のみなさんやらで徹底確認しています。「A1」号棟なので正面の国道からアクセス可能。署から一直線で行けちゃうので安心です。夕方で交通量は多いものの、緊急走行ですっとばして行きますんであっという間に現場到着。玄関前の車寄せっぽいところに滑り込むと同時に、隊長と私が飛び出して玄関ホールへ。オートロックに行く手を阻まれるので、早速通報者宅の部屋番号をコールします。

…反応なし。え?なんで?一歩遅れてやってきた消防隊が「何やってるの?」って顔でこっちをみてる。私が聞きたいってば。通報した家族に対し口頭指導を行っている最中だから、もしかするとインターフォンに出られないのかも。機転を利かせて消防隊が車両に戻り、拡声でドアロック解除のお願いをアナウンスしてくれる。間もなくして、ロックが外れる機械音が。誰かが開けてくれた自動ドアを抜け、一気に3階の通報者宅を目指します。玄関前でインターフォンのボタンを押す。

…反応なし。だからなんで!?もちろんノブを回しても開きません。ここで一同、いや〜な予感が頭を駆け抜けます。隊長が大急ぎで司令室に電話。「A1号棟で間違いないのね?とりあえず部屋のドア開けさせて!」どうも通報場所はあってるらしい。司令課からドア開放を指示するよう頼んでる。これでようやく接触できるよ。でも、一向に目の前のドアは開いてくれませぬ。「…開けた?開けたって言ってる?!開いてねぇって!!」はい、いや〜な予感的中です。通報者の方、住所間違えて伝えてます。これが意外と多いのよ。フツーの人にとってそうそう経験のない119番通報。しかも、目の前じゃ家族や知人が生きるか死ぬかの瀬戸際なわけです。そりゃ平常心ではいられません。で、なぜか昔住んでた住所を言っちゃったり、とか。たぶん目の前のこのお宅は留守で、現場は別の棟のはずです。

このやり取りを聞いていた消防隊はすぐさまA1号棟を飛び出し“玄関が開いている部屋”のチェックを行ってくれてます。隊長はこちらから通報者の電話にコールバック。直接住所の確認を試みます。「090…って、携帯からか」どうりで発信地から住所割り出せなかったわけね。すぐに電話がつながったみたい。「今ね、A1号棟の307号室前にきてますが、住所間違いありませんか?」そう訊ねながら、インターフォンのボタンを何度か押す隊長。すると私を見て首を横に振り、戻るように指さす。ドアの向こうからベルの音は聞こえるけど、電話の向こうの通報者宅からはベルの音が聞こえないみたい。完全にハズレです。「いまベルのボタンを何度か押しましたが、鳴りませんでしたよね?もう一度落ち着いて住所を教えていただけませんか?」猛ダッシュで階段を駆け下りながら、隊長がやさし〜く語りかけている。車両まで戻ったちょうどその時、現場検索中の消防隊が大声を!「C!!C1号棟でドア開いてるっ!!」すかさず隊長が「AでなくてCじゃありませんか?…うん、C1号棟で、部屋番号は307号室で間違いないですね?」と確認。本当の現場へまた走ります。

敷地内、クルマはダメだけど遊歩道が繋がってる。人は棟間の移動ができるので、隊長と私はまたしても猛ダッシュ。豊嶋士長は一回国道に出て、結構先の交差点で裏道に入ってC1号棟へ向かいます。現場を発見してくれた消防隊が先行して傷病者に接触。心マを実施している。横たわる高齢の男性。その傍らでへたりこむ息子さん。泣きながら「助けてください」と呟き続けてる。こりゃ住所も正確に伝えられないよね。突然家族が倒れちゃったんだもんね…。意識も呼吸もなし、総頚動脈で脈触れず。AEDのパッドを装着して解析すると、波形は心静止。やだなぁ。CPRを続けながらバックボードに固定。タイミングを計って1階に下ろし、車内収容します。消防隊同時出場でよかった。搬送先は三次救命救急センターだね。ホットラインで受け入れ要請を行い、静脈路確保の指示をもらいます。ラインも確保。心電図波形は相変わらず心静止のまま変化なし。あとはCPRを継続しながら病院へ向かうしかありません。病院に到着するやすぐに処置が施されます。ドクターやナースのみなさんがあわただしく動き回り、懸命な処置や検査が続きます。ですが、その甲斐もなく、死亡が確認されました。

帰りの救急車内はどんよりムード。検査の結果、CTでクモ膜下出血を確認。どうもこれが原因のようです。そうなれば助けることができなかったのは当然かもしれない。ありがちな通報トラブルに、ありがちな地理トラブル。そして、ありがちな患者さんの死。いつもであればこんなにショックも受けず、引きずりながらも結構割り切れちゃったりするけど、今日のはこたえましたね、みんな。「携帯での通報じゃなかったら」「もっと早く現場を見つけられていれば」って思っちゃう。口には出さないけれど「あのマンションじゃなかったら」とも考えちゃうし。3人で、かわりばんこにため息ついてます。たぶん、消防隊の皆さんも車内でため息がこだましてるんだろうな。

悪いことが重なりあって最悪の結果に。つらすぎるなぁ…

磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。

近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。

運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。

※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita  Illustrated by Takao Sato
Written in 2010