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赤色灯の下で。第30話「慣れない雪は、事故の元」

赤色灯の下で。


ほんの少し前までは猛暑でアタフタ。熱中症の患者さんもたくさん対応しましたよ。で、秋になっても残暑やらで汗だくだったじゃないですか。紅葉の時期でこんなに汗をかくものなのかい!?いや、そんなわきゃないでしょうと、自問自答したものです。で、気づいたらこの寒さですよ。ぬくぬくオフトンから抜け出せません。指令が入っても、「あと5分~っ」ってだだをこねたくなります。だって、寒いの嫌いなんですもの。


事務仕事を終えて仮眠室に。オフトンにもぐりこんで、ようやくひんやりモードからぬくぬくモードになりました。この瞬間が幸せよね。ココロまであったまるわよね♪と、至福のひと時を堪能してましたら、ドアをドンドンとけたたましく叩く音が。指令だったら照明もついて、拡声で指令が流れるはず。インターホンでの個別呼び出しじゃないし、出場じゃないならあと5分だけぇ~っ!!とはいきませんな。ドアを開けると、やっぱり豊嶋士長でした。こんな時間になんざましょ?

「防寒着着て車庫集合!グローブ忘れんな…」防寒着姿で首にタオル。保安帽までかぶった豊嶋士長。それだけ言い残すと去っていってしまいました。何なのよぉ!言われたとおりに防寒装備を整え、車庫に。すると、救急車の前で空を見上げる豊嶋士長と隊長がいました。「予報だとそれなりに降るって言うんだけどよ、どうよ?」「何だかんだいって積もらないパターンじゃないですか?」お空を仰いで語らうオヂサマ2人。あまり素敵じゃない光景です。議題は今後の積雪について。こないだまで熱中症に悩まされてたのに、今度は積雪です。



天気予報では数センチの積雪があるから注意っていってましたが、今はまだ雨のちょっと雪が混ざってる程度。ここで悩んじゃうのが救急車の足回りなんです。雪、結構厄介なんです。シーズン前に冬用タイヤに全車履き替えが完了してますが、積もるとなったらチェーンが必要。でも、救急車は患者さんを乗せるので、振動が増すチェーンはできるだけ装着したくない…らしいんです。どうしたもんかと悩んでいると、見るみるあたりが白い世界になっていきます。雪も雨に混ざっているというより、牡丹雪の状態に。ヤツら、本腰を入れて攻撃してきました。「…前言撤回しま~す。積もると思いま~す。チェーン着装、協力願いま?す」そそくさと準備を始める豊嶋士長。私と隊長も助っ人に入ります。

チェーン着装も完了し、3人であまり積もらないことを祈り、仮眠に入ります。雪に慣れてないこの地域。ちょっと積もっただけで転倒や交通事故が続発します。絶対に積もらないで。今すぐやんで!呪文のように唱えながら再びオフトンに潜り込みます。夜中は幸い出場なし。でも、早朝から指令でたたき起こされます。あわてて車庫に飛び出すと、ビックリ!一面銀世界ですよ。日も昇ってないのに、一面明るいです(汗)「だからチェーン巻いて良かっただろ!」と豊嶋士長。いやいや、最初ゴネてたのアナタですから(汗)

現場に向かう救急車。やっぱりいつもと乗り心地が違う。救急車用のゴムチェーンで、振動や騒音が少ないタイプだってコトですが、雪をかく音が響き、微妙に揺れてる感じ。「隊長、ブレーキ試させてください。鈴里、しっかり掴まってろ」そういうと、豊嶋士長がキツめにブレーキをかける。雪の状況を確認したみたい。いつもよりちょっと滑るかな?ってくらいで止まりました。感覚をつかんだところで再加速。現場にゆっくりと急行します。予想通り、雪トラブルのようです。幹線道路で交通事故。スリップしちゃったらしいです。乗用車の単独事故で、ドライバーさんが負傷。急いで病院へ搬送します。無事搬送が完了したころにはすっかり夜も明けていました。それにしても寒いです。雪もやむ気配がありません。救急車、氷柱ができてます。ココ、地元よね?雪国に迷い込んでないよね??雪と凍結でやっぱり街はパニック。病院には救急車が次々と入ってきます。気づけば通勤時間帯。人が動き出したと同時に、転んでケガしちゃった人、続発のようです。大変だなぁなんて思っていると、ウチにも無線指令が。このまま現場に急行します。

現場は汐見ヶ浜出張所管内。内容は救助事故のようです。傾斜地に作られた住宅街で、幹線道路から入る長くて急な下り坂の先が現場。ここ、坂の先は袋小路になっているので、コレを登って幹線道路に出なければなりません。「駐車車両注意!」隊長が豊嶋士長に注意を促す。坂の途中には上れずに乗り捨てられたクルマが数台。端に寄せてるわけじゃなく、滑って動けなくなってそのまま放置という状態。幅員もそれなりなので、気をつけて避けて行きます。「あ~、雪かきしちゃってるなぁ…」と、ぼやく豊嶋士長。ご近所さんたちがスコップを片手に道路の雪かきをしています。これも思わぬ伏兵。ゆっくり避けながら坂を下ります。

現場は坂道の一番下にある住宅敷地内。先着していた城野救助隊のみんなが資機材準備をしています。隊長と私が救急車を飛び降り、そして滑って転びそうになりながら、要請のあったお宅庭先に入ります。雪で真っ白に染まったお庭。そこに男性が倒れ、雪が鮮血で染まっています。その傍らには寄り添うように転がる脚立。屋根の雪かきをしようとして転落し、脚立がぶつかった拍子に壊れて、桟が足に刺さっちゃったようです。…屋根の雪下ろしが必要なほど降ってないですし、積もっているといっても数メートルとか出ないので、転落時は地面に直接ぶつかるのと同じ衝撃があったはず。高エネルギー外傷の疑い濃厚です。

城野救助隊がエアソーで足に刺さる脚立の桟をカット。刺さったままの状態で固定処置を行い、急いで救急車へ収容します。収容先もすぐに確保でき、いざ病院へ向かい出発!!…のはずが、坂を少し上ったところでアクシデントが!!救急車が坂を登れないのです。「やっぱりこうなるよな…。だから中途半端に雪かきしちゃダメなんだよ」そう言い残すと、豊嶋士長がクルマを降りて行ってしまいました。急な坂道で、近所の人がスコップで雪をかいた状態。表面上は雪がなくなったように見えますが、圧雪しちゃった状態なんで、余計滑りやすくなっちゃうんだそうです。最悪です。チェーンを巻いていますが、これもある程度の雪があってはじめて地面をかくことができます。本格的な氷や、それに近い路面では、今巻いてるチェーンでは太刀打ちできないんだそうで。…どうするの!?


気づくと、豊嶋士長が城野救助隊を引き連れて戻ってくる。まさかの力技です。救助の皆さん。押してます!「バックドアは押すな!変形するだけだぞ!!足元注意!マンホールあり!!」おぉ、宮本さんの力強い声が聞こえますぞ。ゆっくりと前進しだす救急車。豊嶋士長があまり踏み込み過ぎないようにアクセル操作し、後ろからは救助の皆さんがグイグイ押してくれます。この坂道、結構な距離あるんですが、さすがは救助隊。見事頂上まで押してくれました。ここで止まってしまっては元の木阿弥。豊嶋士長はフレキシブルマイクを使って「ありがとうございました!救急隊、このまま病院へ向かいます!」とお礼を。隊長もバックドアの摺りガラスの隙間から一礼する。いやはや、救助隊がいたから脱出できたけど、単隊で活動してたらと思うとゾッとするね(汗)改めて考えたら、冷や汗かいちゃいました。


朝から出っぱなしで、もうすぐ勤務明けの時間。でも、休ませてくれないのよね。救急多発状態なんで、そのまま転戦することになりました。自転車の転倒事故ですって。いやいや、乗っちゃダメでしょ、雪すごいんだから。

みんな、気をつけようってば…。

磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。

近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。

運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。

※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita  Illustrated by Takao Sato
Written in 2011