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東京消防庁 浅草消防署

歴史と下町文化が今に息づく街、東京・浅草。区としては台東区となり、浅草寺(せんそうじ)を中心とする繁華街が有名です。戦前は東京随一の繁華街として栄えましたが、関東大震災や太平洋戦争の東京大空襲により壊滅的な被害を受け、そのたびに目覚ましい復興をとげてきました。

現在も江戸情緒を感じさせる観光地として賑わいをみせる浅草を日夜災害から守っているのが東京消防庁「浅草消防署」です。台東区には現在、浅草消防署に加え日本堤消防署、上野消防署の3署があり、このうち「浅草」といって真っ先に思い浮かべる「浅草寺」(東京都台東区浅草二丁目)などがあるエリアを管轄するのは日本堤署。以前はすべて浅草消防署が担当していたのですが、昭和32年10月に新しく「日本堤消防署」が設置されたことにより管内を二分し、現在の管轄区域となっています。したがって管轄区域としては東京消防庁管内でも比較的狭いものの、西浅草・松が谷一帯に食器・厨房用品等を扱う約180店舗が集まった合羽橋道具街、人形・玩具・文房具・日用雑貨等を扱う江戸通りの問屋街、神田川沿いに軒を並べる船宿や屋形船など、個性豊かな表情を持つ地域を浅草消防署が守っています。


署長室に掲げられた歴代署長を記した額。
署の歴史の深さが感じられる。
隅田川で行われる浅草・春の風物詩「早慶レガッタ」。

江戸の世から消防の歴史を刻む浅草の町ですが、街の歴史と同じく消防の歴史も古いのが特徴。江戸時代の浅草は多くの人が暮らす「下町」として町家が多く存在する街となりました。このため、歴史的にも古くから、数多くの火災に遭遇しています。それだけに消防の活躍の歴史も古いというわけです。

江戸の町の消防は「定火消」が担っていましたが、定火消は「武士の家」を守るもの。そこで町家を主体とした消防組織として「町火消」が誕生し、活躍したのです。浅草を担当したのは8番組「ほ組」と10番組「と組」「を組」。「を組」には、江戸から明治にかけて名を馳せた10番組組頭「新門辰五郎」がいたことでも有名です。江戸から明治に時代が変わり、市政編成により東京の町を皇居から順に番号で区割りする形がとられ、浅草は「第五大区」となりました。生まれ変わった東京の街を火災から守っていたのは「町火消」。ほ組・と組・を組もこの区制の中に組み込まれ、浅草管内は浅草橋周辺を消防1番組(元「ほ組」)と、駒形・寿・雷門周辺を消防3番組(元「と組」・元「を組」)が担当しました。

署のすぐそばには有名玩具メーカー「BANDAII(バンダイ)」の本社ビルが。火災予防運動の際にはキャラクターが防火を呼びかける。
管内に多くの文化財を抱える浅草消防署。
文化財防火デーには消防演習が行われる。

そして首都消防力の強化を目指し、明治14年に警視庁内に消防本署(本部)がおかれ、都内6ケ所に消防分署を置いて、近代消防の始まりを迎えます。浅草を守るのが「消防第5分署」。当初は浅草区浅草猿屋町17番にあった浅草猿屋町警察署の一角に位置し、「町火消」も消防署員と一緒に活動していました。

管内にある鳥越神社での「どんと焼き」祭事。
しめ飾りを焼いたあとは消防団が消火。
火災の少ない浅草でも、時として大火災が起こる。写真は平成16年に発生した大型物販店火災での消防活動。 夏の恒例行事「隅田川花火大会」。
雑踏でのけが人対応や不発弾対応などにあたる。

同署のポンプ隊は昨年8月に消火のエキスパートである特別消火中隊に指定されました。消火部隊の精鋭隊として日々訓練に励み、地域の安全と安心の確保にもつなげています。

他にもさまざまな訓練が実施されており、取材当日は「操縦技能審査会」が実施されていました。これは機関員の技術トレーニングの場。各地で過去にあった事故などを参考に想定を組み立て、訓練しています。今回のテーマは「走行不能」。震災や空襲を経て区画整理され、碁盤の目状に整備されている浅草の街ですが、住宅街などは狭い路地も多くなっています。そこで、大きなポンプ車を運転し、進入角の厳しい状態でどのような状況になるのかを見取ります。

操縦技能審査会の様子。操縦技術の確認と合わせ、狭隘路を誘導を受けて進み、最終的に走行不能を“体感”する。
浅草の街は関東大震災や東京大空襲により幾度となく大きな被害を受けている。
写真は三筋一丁目に保存されている戦災を免れた「焼け残った電柱」。
「歴史的なこの街をいかに後世に残していくかが当署の使命。災害がないといういう慣れがいちばん怖い。訓練を通して沈着冷静な活動が出来るよう努力し、危機感を持って職務に当たっています」と話す齋藤署長。
各種活動訓練も日々行っている。

管内には約10,500棟の建物が存在しており、不燃化・中高層化が進んでいる一方で木造2、3階建ての比較的老朽化した建物も混在しており、一部の地域は危険区域に指定されています。さらに、夜間人口が約4万人であるのに対し、昼間は一転して繁華街や問屋街を目指す10万人の人であふれかえります。

このように防火・防災上難しい側面を持つ浅草ですが、災害発生件数は比較的少ないのが特徴です。「昔からの街で、大震災や大空襲を経験してきた人も多い。町会ごとの団結も強く、地域防災にも熱心に取り組んでいます」と話すのは齋藤英一署長。地域と密接な関係を保ち、防火・防災思想の普及に努め、「災害のないまち・浅草」を目指している浅草消防署。地域の団結を象徴するように、管内には、地域の防火・防災に尽力されている自主組織も数多くあります。それぞれの会の特性を生かし、消防署と連携して「災害のないまち」を実現しているのです。

浅草永住町会の“防災”運動会。地元消防団の企画で、
バケツリレーなど防災にちなんだ種目が行われる。
三社祭での消防特別警戒の様子。
人々の安全と安心に向けて万全の体制で臨む。
平成16年には台風により
床下浸水・道路冠水が発生。職団員一丸となり対応した。
PA連携のため出場する浅草2小隊。

Reported in 2007.