去る2005年8月26・27日の2日間、全国の救助救急に携わる職員を対象にした初めての全国消防救助救急研究会が、東京救助救急研究会が中心となり、東京の奥多摩及び立川にて開催されました。
東京救助救急研究会は東京消防庁体育文化会に所属する東京救助救急研究部会で、自己啓発の実践の場で職員相互の自主活動と創造の発揮による知識・技術及び資質の向上を図る目的で平成13年4月に設立され、約300人の東京消防庁の消防職員で構成された研究会。これまでに13回の研究会を開催しており、今回のような全国の消防隊員が自主的に参加する大勉強会はこれが初めて。北は青森から南は沖縄まで全国81消防本部、5消防学校、1研究所より約300人が参加して、さらなる救助救急に関する研究を行い自己能力を高めようと、新しい救助方法などを学びました。
全国消防救助救急研究会開催の前日、2005年8月25日は台風11号が関東地方を直撃する恐れがあり、東京消防庁では水防態勢をとりいざに備ええていました。そのため、一時は研究会実施が危ぶまれるという状態になりましたが26日までには天候も落ち着き、台風一過の青空の元80人が参加しての第1日目が開催されました。
会場となったのは東京都青梅市にある国民年金保険センター「おくたま路」。一日目は急流救助についての講義・実習が予定されていましたが、台風の影響により実習会場の多摩川が増水してしまったためにラフティングや渡河訓練などの実習が中止となってしまい、代わりに急流救助活動方法やカヤックを使用しての救助方法の講義が行われました。
急流救助の講義では、講師のサイモン・ロジャース氏により概念や使用資機材の紹介、救助方法についての解説などが行われ、また、陸上自衛隊練馬駐屯地所属の桐井賢一氏により、豪雨によって中州に取り残された人をカヤックにより救助する実演展示が、増水により激流となった川において実施されました。
サイモン・ロジャース氏による 「急流救助活動方法」の講義
2日目は東京都立川市にある立川防災館・東京消防庁第八消防方面本部訓練所に舞台を移し実施されました。会場には受付開始と同時に全国からの参加者が集結。瞬く間に参加者は200名を超え、大きな会議室が人で埋め尽くされました。
2日目最初は研究セミナーとして、「要救助者の社会復帰を目指すための救助救急のあり方」について国立病院機構災害医療センターの井上潤一医師が閉鎖空間での医療行為についてなどの講義を行いました。
この講義をふまえ、会場を屋外に移して行われたのが第八方面ハイパーレスキュー隊と東京DMATによる外傷者救助救急デモンストレーション。実際の閉鎖的空間における医療行為の展示が行われ、瓦礫の中からの「社会復帰を目指した救助活動」が披露されました。
隊長が関係者から情報を集める中、隊員たちが必要資機材を車輌からおろす。
頚椎保護のために ネックカラーは足に 巻きつけて進入する。
確保ロープを手にした隊長は、 活動記録のメモを取る。これは 後の医療につなぐ重要な情報だ。
屋外の隊員は、要救助者救出 の 準備にとりかかる
礫の中では進入隊員により 応急手当が施される。
要救助者と接触し、 直ちに処置を開始する。
救出完了。 直ちに医療機関へ 搬送する。
午前最後の内容はNPO法人国際レスキューシステム研究機構による災害救助ロボット3機のデモンストレーションが行われ、引き続き午後には同研究機構の研究者により「災害救助ロボットの現状と展望について」の講演がありました。
若手お笑いコンビの 「テツandトモ」も飛び入り参加。 消防レスキューイメージソング 「おいら」の披露が行われた。
全国消防救助救急研究会最後は、2005年4月25日に発生したJR福知山線脱線事故で救助活動の最前線で指揮にあたった尼崎市消防局の救助隊長及び救命士が救助救急活動の状況を熱く語る特別講演が行われました。各種資料や現場写真をもとに、その時何があったのかが克明に語られると、参加者は真剣なまなざしで聞き入っていました。
講演の最後には黙祷がおこなわれた
大盛況にうちに幕を閉じた『全国消防救助救急研究会2005 in Tokyo』。 2日間という限られた時間ながら、実に内容の濃い研究会となりました。 東京救助救急研究会会長で全国消防救助救急研究会実行委員長の加藤義則・志村消防署長は「社会復帰を目指した救助救急のためにはプライベートにおいても調査研究を行い、さらには医師・看護師・研究者などが一体となりとりくまなければなりません。今回の研究会は、救助救急技術の向上を目的とした自主・自立による出発点になると思います。」と話しました。