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アメリカ テキサス州 ダラス市消防局

 レポート#109 ダラス市消防局
Text & Photos by Sunny Kamiya/文・写真=サニー・カミヤ

ダラスはテキサス州の北部に位置する商工業都市。古くから水上、陸上とともに交通の拠点として発展した。人口は約126万人で、今日でもアメリカの金融、経済の中枢都市として機能している。

ダラス市消防局は、他のアメリカ国内の消防局でも例を見ないほど、予算の合理化対策がなされている。民間から経営のプロを期限付きで採用し、合理化プロジェクトチームを結成。支出を徹底的に抑え、予算を活かす様々プロジェクトに取り組んできた。例えば、署に必要な机と椅子から、コップやトイレットペーパーに至るまで、全ての備品をまとめてメーカーから直に購入し、全署単位で年間に100万ドル(約1億円)の削減を行った。また、年間400台の車両修理や整備を外注した場合、年間約1億2千万円が必要となるが、あらゆる修理に対応できる設備と技術者を整えることにより、約8千万円のコスト削減となった。浮かせた予算は自由予算としてプールし、各消防署の建物修繕費や備品などの購入に充てている。これらの思い切った徹底的な合理化対策によって、消防士の給料は今でも安定しており、将来的に経済的な不安や負担を消防職員とその家族に与えないよう、組織運営を行っている。

オールド・レッド・ミュージアムはダラスの歴史から近代アートまで、さまざまなものが展示されている。周りの最新建築のビルに囲まれて目立つ存在である。
ダラスと言えば誰でも思い出すのが、1963年11月22日金曜日、現地時間12時30分、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディがスピーチを行うために、自動車パレードでダラストレードセンターに向かう途中、暗殺された事件である。暗殺者と暗殺の背景については多くの説があり、いまだに結論が得られていないミステリーな歴史上の出来事である。
左)ダラス市消防局のシンボルマーク。シンプルだが使命を貫く誇りと消防魂を感じる。
右)ダラス市のMST(メディカル・ストライク・チーム)のマーク。MSTは応援協定に基づき、消防・警察・医師会で組織され、主にテロや大規模災害で役割を果たす。警官も日本で言う救急2課程レベルの知識と技術を持つ。
メンテナンス部の署員には、車両メカニックはもちろん、塗装職人、溶接板金工、電気工事士、木工職人、パイプ職人、油圧器具修理職人、無線機修理職人、縫製職人など、様々な修理のプロフェッショナル達が集められている。
ダラス市消防局が採用した家具職人マイク氏。キッチンキャビネットから個人装備のロッカー、物置など、何でも作れてしまう。彼が手に持つ、プロジェクトシートにはダラス市消防局全署からのリクエストが重ねられているが、あまりのリクエストの多さに、最低でも、あと20年は職があるよと笑って答えていた。
キッチン用品担当のホセ氏。大きな鍋はメキシカン料理のチリスープを作るときに便利だとか。彼は各署からリクエストされるキッチン用品の配達、在庫管理、仕入れ、用品メーカーとの契約などすべてを任されているそうだ。
車両の部品や修理工具に至るまでメーカーから直に購入し、あらゆる修理に対応できる設備を完備。専門のメカニック、塗装職人、電気技師などが常時対応にあたる。修理車両の持込前に、積載内容が同等かそれ以上の車両がすでに用意されているため、積載荷物を載せ替える必要もなく、個人装備を載せ替えるだけで、即座に次の出動態勢を取れるシステムになっている。また、修理後の車両検査も徹底して行われる。
写真左)消防車両のペイント施設。大型の車両をスッポリと中に入れて塗装を行う。塗料に含まれる有毒ガスを心配し、塗装職人のスティーブ氏に換気性能について尋ねたところ、スイッチを入れるだけで高性能の換気機能が働き、周りの音が何も聞こえないばかりか、何の匂いもしないくらいのすごさだった。
写真右)消防車両用のさまざまな交換部品。部品の数を減らすために同じメーカーのもので同じ車種を購入しているそうだ。
野球場約4個分の広い敷地にある修理工場。
修理工場内には制服や防火衣のサイズ直しを行う部署まである。危険物災害などで使用したハズマットブーツは特別な薬品で消毒され、署員に戻される。また、バンカーギアは衛生管理の理由で定期的にクリーニングに出さなければならない。
使い古したバッテリーは新しいバッテリーの購入資金に充てるため、リサイクル業者に買取価格を確認し、できるだけ高値の時に買い取ってもらう。年間に数千個のバッテリーをリサイクルしているそうだ。
修理中の救急車両。
頼もしいステーション32消防署の消防士たち。向かって右の2人はパラメディック。ポンプ車隊3人と計5人で勤務していた。
パラメディックの出動。ダラス市消防局のレスキュー隊の半数以上はパラメディック隊員だそうだ。もちろん、パラメディック隊員はレスキュー器具全ての使用法も熟知しており、年に決められた回数、消防士としても勤務しなければならないそうだ。
写真左)ポンプ車の前照灯は上下、交互に点滅し、車両前面上部にあるスポットライトは遠くの車にも近づいてきていることを知らせる役目を果たしている。前照灯の点滅のさせ方は6種類あり、使い分けることでドライバーたちに早く気づかせるそうだ。
写真右)消防署にはガソリンやディーゼルの燃料給油施設があって、当然だと思う。いずれ、消防車が電気で動くようになってもチェーンソーやエンジンカッターなど、ガソリンと混合油で動かす道具は多く、ガソリンの需要は絶えないと思う。
貧困層が管轄内にある消防署には「SafePlace」「SafeBabySite」と呼ばれるサインが表示されており、親が養育できない赤ちゃんから幼児、子供を預けられるようなプログラムが用意されている。消防署内にベビーベッドや赤ちゃん用のミルク、ほ乳瓶、ベビーフード、おむつなど一晩預かるために最低限必要なものが揃っており、隊員たちもおしめの替え方やミルクの作り方まで指導を受けていた。
消防署に預けられた子供は、一旦、市の保健所で、健康診断を受け、必要な栄養を与えられた上で、民政局により、里親が見つかるまで施設に入る。施設では一般的な教育、しつけ、マナーの教育、日本のキッザニアのような、年齢や性格に応じた職業訓練を受けることができる。市にとっては、将来的な生活保護受給者を増やさず、納税者を育てる対策としてポジティブに実践している。
ダラス市消防局HPの消防署の里親制度について(英語)

昔は消防出張所だったダラス市消防博物館。火災件数の大幅な減少のため、出動回数の少ないこの出張所を博物館にしたとのこと。アメリカ国内の消防博物館はどこも同じように見えるが、現場で人命救助のために使ってきた数々の道具や、先輩たちが乗車し活躍してきた消防車に対する敬意が、今まで一番よく感じることのできた消防博物館だった。

1910年代の通信室。当時は限られた場所に設置された緊急通報用の公衆電話から911通報を受けていたらしい。
1910年代の消防装備
アシスタントファイアーチーフ(副消防署長)のヘルメット。白のレザーヘルメットは現場でも方面隊の指揮者として目立つ。
1) 30年前に使われていた直径5mの救助幕。隊員8人で輪を持ち、仰ぐようにして下から空気を入れて膨らませて使っていた。白い布地に中央の赤い丸は、狙いを定めやすく高い所から飛び降りる人たちに勇気を与えてくれる。これは今でも使えそうな気がする
2 )自動車修理工場の火災で活躍した消防士たち。当時はポンプの水圧の微調整ができず、必ず数人でホースを持っていたようだ。
3) 世界中のファイアーファイターたちと交換したパッチの数々。同じ時代に消防士として活躍する消防魂がパッチに込められている。
4) 「GameWell」というのは「うまくいく」というような意味だが「ベルがけたたましく鳴る」「すぐに消防士が駆けつける」「早く知らせて」などさまざまな意味に捉えることができる。こういう説明や理屈ではないロゴの作り方と目的と意味をマッチさせたネーミングが最高に上手いと思った。
写真左)階段の手すり部分に梯子と筒先の廃材利用はとてもアーティスティックだと思った。こういうセンスのあるデザインはその消防署がクリエイティブであり、ものを大切にするという意識も感じられた。
写真右)「昔、ダラスの消防士はユダヤ人が多く、待機中にドミノでよく遊んでいたらしい」と説明するダラス市広報担当官のアーニー氏。歩き方がどことなくスーパーマリオに似ていた。
ダラス市消防博物館ウェブサイト(英語)
アリゾナ州知事から寄贈された廃棄消防車両をピンクに塗り、全米を走り回っている乳ガン患者支援団体の消防車PinkHeals(ピンク・ヒールズ)。ニューヨークで消防士をしていたデーブ・グレイビルが妻を乳ガンで亡くした苦しみを乗り越えるため、また、乳ガンで苦しむ女性たちのために、女性たちをガンから救い、経済的な支援を行う目的で、PinkRibonTour(ピンク・リボン・ツアー)を故郷のアリゾナでは始めた。車内やボディーに書かれたコメントには応援メッセージもあるが、実際に乳ガンや子宮ガンで闘っている人たちからのメッセージも多い。主な募金獲得活動として、Tシャツの販売を行っている。現在の支持者は1万人を超えているそうだ。
修理工場と併設されている火災&救助訓練施設。火災訓練施設内の間仕切りはすべて木工職人が作っている。夜間訓練も行うそうだ。
ダラス市消防局が掲げる人命救助のプロとしての
3つの役割と使命を表したポスター。

全世界の消防事情を視察研究して約10年。多目的に消防関係のみなさまにお役に立てるまでになりました。現在は、海外消防派遣研修のコーディネーターとしても活躍中! とくにアメリカの消防事情を研修されたい方は、お気軽にご連絡下さい。

Reported in 2010