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 レポート#59 アメリカ合衆国 イリノイ州 シカゴレポート3

Text & Photos by Sunny Kamiya
日本の幽霊は、黒髪の長い女性が白い着物を着てうつむき加減にたっているパターンが多いが、その姿から、いつの時代に死んだ人なのかを特定するのは難しいことが多い。
これに比べて、シカゴの幽霊は、着ている服装や髪型、手にしているものなどから、彼らが生きていた時代を想定することができ、現れる場所や見る人との因果関係をほぼ立証できる場合が多い。そういう意味では、霊や魂は現世へのメッセンジャー的な存在である。
シカゴ市内の消防署は100年以上経っている建物が多い。そのため、昔使っていた馬の霊や、署のマスコットだった犬の霊を目撃したり、鳴き声を聞いた職員もいる。また、ホース干場から転落死した消防士の自縛霊や、退職して半年以内で死んだ元消防士の霊など、今でも消防士として働いていると思い込んでいる霊もいるらしい。
「シカゴ」はインディアンの言葉で、その意味は「腐ったタマネギ」。白人に騙されて土地を奪われたインディアンが、永遠に残る復讐を考えて、白人に引き渡す前に名付けた土地だそうだ。
インディアンに恨まれることばかりをしていた白人の歴史が多いからか、シカゴに幽霊話が多いのはアメリカでも有名。

ミシガン湖に面した消防署の敷地内に消防職員の殉職碑がある。
この職員は、真冬の湖での夜間水難事故訓練後、潜水道具を船上の隊員に手渡してボートに上がろうとしたが、ウェイトベルトをしたまま手が滑り、水中へと沈んでしまった。すぐに他の隊員が潜ったが見つからず、しばらくして溺死の状態で引き上げられた。
命日の朝になると、この石碑から水がしみ出てくるそうだ。

1)ランバーヤード(木材置き場)の縄張り争いに破れた社長の幽霊
1954年、シカゴのダウンタウンから南は広大な木材置き場だった。住宅建設ラッシュでおもしろいように稼いでいたディーン・ホフマン社長は、ある日、乗っ取りをもくろんだパートナーの副社長ジョージ・レガントが仕組んだ放火により自宅で焼死。その後、深夜に木材置き場の入り口にパジャマ姿で大木に座って、ウィスキーをラッパ飲みする幽霊が何度も目撃されている。
2)通信室に遊びに来る子供の霊
シカゴの南にある住宅街の火災で亡くなった一人っ子の黒人の子供エディーは、大きくなったら消防士になるのが夢だった。ある晩、酒乱の父親が酒を買って来なかった母親を蹴りだし、家に灯油を巻いて火を付けた。二階で寝ていたエディーは、騒ぎに起こされ逃げようとしたが、階段を転げ落ち、逃げ遅れて焼死した。その後、エディーは霊となって通信室に遊びに来るようになった。
3)アイリッシュ系消防士の消防魂
親子三代に渡って消防士であり、消防グッズコレクターだったマンフル家のコレクション。制服の後ろには家宝だった年代物のダイキャスト製消防ミニカーが並んでいる。だが今は、マンフル家に消防を愛するものが誰もいないため消防博物館に寄贈された。博物館の夜間警備員ビル・シュナイダーは、何度となくこのコレクションの前で、熱く消防グッズを語る声を聞いたことがあるそうだ。
4)この写真の束は、シカゴ市内各地に住む一般市民から送られてきた古い消防現場活動写真。モノクロだが、どの写真も当時の消防隊員の闘志が感じられ、赤く血走ったような目がこちらをしっかりと向いている。「眼は口ほどのものを言う。」というが、この写真から「気を抜くな!!」という時代を越えたメッセージが感じられた。

5)昔、飲み屋が多かったダウンタウンの消防署横に置かれていた高さ3mの像。当時は肩にスピーカーをつけて、消防署内から様子を見ながら酔っぱらいに注意を促していた。その後、消防職員のいたずらが問題になり、スピーカーが取り外されたが、この像と対話する酔っぱらいが後を絶たなかったという。
6)1869年に建てられたウォータータワーとポンプ局。シカゴのダウンタウンを焼き尽くした1871年のシカゴ大火で唯一焼け残った公共の建造物。街の給水塔としてミシガン湖の水を汲み上げ、市内の各世帯に供給している。このタワー内に1871年の大火時に助けを求め、死んでいった人たちの霊が今でもさまよっているという話は有名。当時の霊と話してみようと、ポンプ局の横で深夜まで粘ってみたが、会うことができず凍えてしまった。機会があれば、霊感をいつか身につけたいと思う。霊と話すことができれば、歴史上のいろんな迷宮入りの事件事故や政治の不祥事の真相が明らかに出来ると思うし、死んだ両親ともいろいろと話をしてみたい。霊界の生活事情などにも興味がある。 7)この救急車には、交通事故で死んだことを知らず、自分が助かったと思い込んで御礼を言いに来るサラリーマンの幽霊が付いているらしい。しかし、幽霊はいつになったら違う行動をとるのだろう。いつも同じ場所、同じ毎日なのか…。

8)ジョンハンコックセンターの屋上にある展望台からの夜景。ここで役目を終えて帰っていく天使の姿を見ることがあるそうだ。どうすれば天使が降りてくる場面に遭遇するのだろう。また、天使の数も気なるし、人口によって天使の受け持ち人数が変わるとか…。


殉職したビデオカメラマンの怪奇現象。

このヘルメットを受け継いで殉職した歴代の消防隊長の写真と呪いのヘルメット。興味深いのは、どうやって霊が物体に呪いを込め、そして継続するのか。
もし、このヘルメットに消防隊長の霊が乗り移っているのならば、なぜ歴代の隊長を助けなかったのだろうか。このヘルメットに乗り移っている消防隊長は在職中、余程性格がゆがんでいたのかも。できることなら霊界でもルールを定めて、ポジティブで明るい性格の霊しか、物体には乗り移れないようにして欲しい!?
現世の人たちに迷惑を掛けるのはやめて欲しいものだ。
このヘルメットの持ち主、ベテラン消防局広報課勤務のビデオカメラマンは、1階部分の倒壊事故現場で作業している消防士の姿を撮影中に足を踏み外して、地下2階に墜落し即死した。
彼が死んだあと、彼が撮影したビデオを再生すると落下する瞬間から、転落してカメラを投げ出すまでの映像も映っていた。彼の殉職後、広報課の数名が誰もいない映像編集室で、突然スクリーンに映像が流れたり、パソコンのキーボードをたたく音などの怪奇現象を体験している。

1995年、ダウンタウンにある内装工事中ビルの資材置き場火災で、消火活動中の足場の倒壊で5名の消防士が殉職した。
葬儀の後、所属していた消防署に殉職した各消防士のヘルメット・デカルを飾ったところ、昼間でも待機室でコーヒーを飲んでいる5人の幽霊を見たり、仲良くトレーニングに励む幽霊を見るようになったという。
1838年、ワシントン・ボランティアーズの時代、筒先員だったウィリアム・バーンズは暇さえあれば、筒先をピカピカに磨いていた。
彼は32年間消防職務に従事し、毎日この2つの筒先を磨き続けた。退職後2年2ヶ月で病死、その後、この筒先を受け継いだ消防士(筒先員)は、夜になると筒先を磨きにくるウィリアム・バーンズの幽霊を何度も目撃したという。博物館に収められた今でも磨きにくるそうだ。
1890年代、当時、ボランティアで消火作業にあたる一般市民の女性消火隊組織があった。彼女たちは、各自、家の入り口に水を入れた消火バケツを並べ、万が一のときに備えていた。今、このバケツたちは、博物館に収められているが、博物館の近所で火災があるとカタカタと音を立てて出番を待つという。

Reported in 2004.
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