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アメリカ ニューヨーク州 RESCUE2

 アメリカ合衆国 ニューヨーク州  F.D.N.Y RESCUE2/ N.Y. USA
ニューヨーク市が持つ5つの行政区の1つであるブルックリンは、ロングアイランドの南西部に位置しています。マンハッタンとはイースト・リバーで隔たれており、西はニューヨーク湾、南は大西洋と東側は、ニューヨークのクイーンズ地区と隣接する面積 184 ・ 人口2、300、000 人(1990 年資料)の都市です。長い間イギリスとオランダによって統治されてきましたが、1834 年にニューヨーク州の1つの市として認められました。
その後、周辺地域を合併してニューヨークの行政区となったのは 1898 年で、1800年代から現在まで最も人気の住宅地として開け産業・工業地帯としても栄えてきました。また最初に輸出・入用の港が開かれました。市立大学、州立大学などの教育期間や植物園、博物館、1870 年代からの木製ジェットコースターのある遊園地、1907年から開業し、白いくじらのいる水族館など歴史のある公共施設などの特に古い建物の多いところです。
New York Cityは5つの島( マンハッタン、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、スッタテン)からなり、現在11,000 人の消防士が従事している。
その中でも Rescue Unit に所属する彼等は「Best of the best!」誰もが専門的な技術、類まれな才能を持っている。その為に Rescue Unitに属する消防士達は技術向上・新技術習得の為に毎年2ヶ月間 Special Schoolに入校する。また、非番の日でさえタグボートに乗り込む技術師として働いているなどと、何かしら他の仕事を持って働く人が多くいる。中にはなんと空軍の特殊部隊に所属している人もいる。
Rescue1が1915年に設立、Rescue2は1925年に設立された。Rescue2の建物はBrooklynで最も古い消防署で、現在の建物は1986年より使用している。1880年代にもともと馬小屋として建てられたもので、間口が非常に狭くトラックを駐車するのもサイドミラーから約3cmずつのすき間しかない。
「Tough like a bulldog! 」という意味も込めてRescue 2はブルドックをシンボルマークとして使っている。

この日の勤務していたのは、前列左からポール・ソミン(消防士・13年勤務)、フィル・ルボロ(隊長・22年勤務)、ケビン・オルーク(消防士・15年勤務)。
後列左からマイク・モリッシィ(消防士・21年勤務)、ジョー・ジャーディン(消防士・14年勤務)、クリフ・ペイス(消防士・14年勤務)の6名。
階段横の壁には「Lost of the life」Rescue2の消防士として、勤務中に亡くなった人の写真が飾られている。
火災現場で亡くなった人が二人、トレーニング中に亡くなった人が一人、仲間だった彼等に敬意を表してということである。
ランチのメニューはガーリックパンにフライドポテト、そして裏にあるバーベキューセットで煙りをモクモクと上げながら豪快に焼いたチーズステーキ。
テーブルはなんとRescue2のマークの入った円卓である。この部屋は以前馬の食事&寝る部屋だったそうだ。
署内では誰もがコーヒー片手に仕事をしている。「いつも沸かしたてのコーヒーがないと仕事にならない。」と言う事だそうだ。

Truckは1997年に新車で支給されたもので、Rescue Unitでは何処の署でも新車であるにもかかわらず、毎日酷使されるため、Truckの寿命は約4~5年。(普通は7~10年ぐらい使用するらしい。)
Truck にはスプレッダー等の一般救助機具から32人乗りのエンジン付きラフト(救命ボート)、そして彼等は常備するように義務づけられているボディーバック、(死者を入れて連れ出すためのビニール袋)も搭載している。

「FIRE LANE」は緊急時に消防車の優先道路となる。
消防署に少年達が自転車のタイヤの空気を入れにもらいに来ていた。
これは「BrakeBar(ブレーキバー)」といって長い距離を降下する時に使用する。使用中に摩擦を調整することができ、降下スピードを自由にコントロールできる。これを安全に使用するには特殊なトレーニングを必要とするらしい。

Rescue2, Rescue3 はニューヨークで最も多忙な署である。
1999年にRescue2が火災で出動した回数は、1,025回。火災報知器の誤作動や、 現場に着いた時点ですでに消火、または救助された後だったというものもすべて含めると、その回数は3,000回。1日平均8回、3時間に1回は出動していることになる。
問い合わせ、通報、その他で署にかかってくる電話の件数となると、それはもう途方もない数になる。ある日の朝の通話記録を見てみると、午前8時27分、90 件。午前11時3分、144 件。午後2時48分、251件。というように、2分に1回は電話が鳴っている計算になるわけで、本当に息つく暇もないという感じだ。かかってきた電話一件一件、すべて内容が記録されプリントアウトされ、その内容によっては直ちに出動しなければならない。
これまでにRescue2が関わった、有名な火災や事故は、1992 年冬に起きた世界貿易センタービルでの爆弾テロや、1996年夏のTWA-800便の爆発事故である。
Rescue2 のキャプテンと話をしているのはBrooklyn Fire Dept.のチーフ。
各Rescue Unitは隊長が1人、副隊長が3人、そしてFire Fighter27人で構成されている。
そして1チーム6人でシフトをこなしている。(New York Cityでは他の市や州にはない変則的なシフトで働いている。)
15時間勤務、9時間オフ。
15時間勤務、72時間オフ。
9時間勤務、15時間オフ。
9時間勤務、48時間オフ。
というシフトを繰り返している。
彼等が出動するコードナンバーは
「10-75(テンセブンティファイブ)」。
ラジオで火事の発生場所やその状況等いつも聞いている彼等は、それが彼等の管轄でさえあればディスパッチャーからの連絡がなくても、ラジオからコードナンバー「10-75」が聞こえた時点で直ちに出動する。
家の後ろ側にHot spot(高温部分)を発見したので、壁を剥がし、壁と壁のあいだに火が残っていないかをチェック。

Reported in 2000.