FIRE RESCUE EMS > 消防情報 > ケニーの消防日記

by Sunny Kamiya
 第4話 ジョーズ

登場人物

Kenny 【ケニー】 Robert 【ロバート】 Jake 【ジェイク】 Brian 【ブライアン】

キヘイ消防署で働く、32歳の消防士。いつも好奇心&向上心を持ち、自分が消防士であることに誇りを持っている熱血漢。趣味は、ダイビングと旅行、そして犬と映画が大好き。父はロバート、母はグレース、恋人はテラ。

ケニーの父親。ベトナム戦争経験者で現実主義だがお人好し。朝からビールを飲みながらテレビを見て過ごすのが好き。妻のグレースを心から信頼している。

マウイ島のノース・ショアにあるパイア消防署に勤務するケニーの同期生で、プロサーファーを目指している。今年初めてビッグウェイブのサーフィン大会に出場し、ジョーズに命を懸ける。

マウイ島でも数少ないハイ・サーフ・スキュー専門のジェットスキードライバー。落ち着いた判断力と勘の良さには定評がある。3才から始めたサーフィンもプロ級の23才。


マウイ島の冬。ザトウクジラが訪れる時期になるとロコ・サーファーの誰もがジョーズが来る日を口にする。ジョーズといってもサメではない。高さ20mにもなる巨大波のことである。日本の沿岸で発生する強力な大平洋低気圧のうねりが、時速80km、約48時間かけて3,800kmも離れたマウイ島北海岸の岩礁で巨大化した波の怪物となる。年間平均12回ほど発生するこの波は、サーファー達の永遠の憧れであるのはもちろん、ジョーズを知る人なら誰もが一度はこの目で見てみたいと思う自然の怪物だ。大波の持つ独特な緊張感と恐怖感、自然への畏敬の念なども含め、様々な思いを掻き立てる。母なる海の産物への人々の興味は尽きず、Tシャツや、ポストカード、写真集や映画にまで登場する。

大波が発生するペアヒ岬では、12月から3月に掛けてジョーズに乗ろうとするビッグウェイバー、彼らを撮影しようとするメディア関係者が、世界各国から集まり大賑わいとなる。ここ数年、優勝賞金100万ドルのサーフィン大会も行われ、今年も開催される。大会審査基準は、波にどれだけ自然に乗っていられるかというサーフ・スタイルと波の高さ。サーフ・スタイルは本人の実力だが、高さはサーファーが波の頂点に乗るまでロープを使いジェットスキーで導くドライバーの感に頼るしかない。

今年はパイア消防署の同期のジェイクが出場する。大会当日非番日であるケニーは、ジェイクとともに怪物ジョーズに立ち向かうこととなった。ケニーの父ロバートのレジャーボートに、ジェイクと彼のスポンサーの撮影隊を乗せペアヒ岬まで連れていくのだ。「忘れ物はないか? 皆、落ち着いて、よく確かめるんだ!!」普段は朝からビールを飲んでいる親父も今朝はキャプテンらしい。ジョーズに迫る時間が刻々と近づき、気温18度と肌寒い気温も手伝い緊張感が漂う。ジェイクは年に数回しかジョーズ級の大波での練習ができないため、目を閉じてジョーズに乗ったときの感覚を想像している。ケニーはそんなジェイクの異常なまでの緊張感を察した。「ところで親父。今朝は、まだ、飲んでいないんだろうな?」ケニーが父親に意地悪っぽく尋ねた。「ジェイクの初出場祝賀会のために我慢している。」親父がジェイクにウィンクしながら笑顔で答えると、皆の緊張が少しだけほぐれた。

「さあ、出発だ。」親父の合図でケニーは係留綱をほどき、船に飛び乗り出発した。「本当に気持ちがいい天気だ。」ジェイクは標高3,050mのハレアカラ火山の稜線の美しさに、つかの間の安らぎを感じたが、すぐに恐怖にも似た緊張感が胸に迫ってきた。(怪物ジョーズに俺は乗るんだ…)出場経験が少ない選手から順にジョーズに向うことになっているため、初出場のジェイク達の船は出場選手集団の先頭に近い。その後ろから次々と選手を乗せた船が追いかけるように続く。ペアヒ岬が見え、親父は船の速度を落としながら待機場所を確認した。穂先は大きく上下し、すでにうねりが大きくなっているのを感じた。波があまりブレイクしないエリアを選び、船首を波が来る方に向け前後にアンカーを落とし船を固定した。

ウェットスーツを着てジェイクの準備ができた頃、ジェットスキー・ドライバーのブライアンが、1,400cc140馬力のモンスタージェットスキーに乗ってやってきた。ジョーズに対応できるジェットスキーのドライバーは「ハイ・サーフ・レスキュー」の特別トレーニングを受けた者のみで、マウイには6名しかいない。ブライアンは23才の若者だが、3才の頃からサーフィンを始め、ジェットスキーは12才の頃から操縦している経験豊富なドライバーだ。ジェイクはいつも胸に下げている海や水の神様のお守り「セント・クリストファーの メダル」を右手に持ち、キスをして額に当て祈った。気持ちを静めたブライアンは海に飛び込んで禊ぎをした。心身共に準備ができた彼は力強い風と波の動きを全身に感じた。

開始のエアーホーンが鳴り、ヘリコプターが低空飛行でジェイクの様子をとらえはじめた。ジェイクはサーフボードのストラップを足に固定し、ライディングの体勢を整えるとブライアンに合図をした。持ち時間は5分。この間にデカイ波を見分け、テイクオフのタイミングも計らなくてはならない。楕円状に周回し、大きなうねりを探していた。持ち時間ギリギリに水平線が見えなくなる程の巨大波の立ち上がりが見えた。ジェイクがブライアンに合図しようとすると、すでに波の速度に合わせゆっくりとジェットスキーを走らせていた。「ジョーズだ!!」ジェイクは静かに興奮し、今から襲いかかって来ようとしている巨大なうねりのどの位置からテイクオフすべきか、すばやく冷静に判断した。ブライアンの最後の加速を合図にジェイクは引き綱を放し、ジェットスキーはうねりの向こうに消えた。ジェイクの乗ったサーフボードは奈落の底のようなボトムに向って加速していき、20mの波をイナズマのように賭け降りていった。あまりにもスムースなライディング感覚に浸ったジェイクは、波のパワーをフルに感じながら、深いボトムターンで再度登りはじめた。ヘリコプターが水面ギリギリまで降下し、ジェイクの姿をほぼ真横から撮影していた。

10mくらい上がったときだ。足下が急にふっと軽くなり、視界の変化をゆっくりと感じた。「まずい、ボードのウェイトが外れた…」ほとんどのサーファー達は波のパワーに負けないようにボードに鉛を入れたり、後方にダイビング用のウェイトを固定する。そのウェイトが外れたのだ。ジェイクは転落し巨大波ジョーズに飲み込まれた。一瞬にして暗闇状態になり水面がどこなのかもわからない。次から次に押し寄せる波の力と泡状態の水で、どんなにもがいても光が見えず感じるのはうねりと泡だけだった。ジェイクはかすかな明かりを感じ、最後の力をふりしぼり水面へと泳いだ。だんだんと明かりが大きく見え始め、4秒ほどで完全に水面に浮上した。  ブライアンは波のタイミングを見計らい、レスキュー・アプローチングの態勢をとっていた。ジェイクは落ちたときのショックで軽い脳震とうを起こしたのか、酸欠なのか、ブライアンのジェットスキーとの距離感がつかめない。アプローチングに失敗したブライアンは、ジェットスキー後部の大型のレスキュー用ボディー・ボードにケニーを腹這いに捕まらせ、片手を伸ばしジェイクの腕を掴みボードの上に載せるように指示した。ケニーはタイミング良くジェイクの左腕を掴みジェイクをボードに載せ救助に成功した。「大丈夫か?」

ケニーは意識を確認したがジェイクは頷くのが精一杯だった。ブライアンは防水無線機で大会本部にパラメディック救急車を要請。さらにマリコ・ベイという桟橋でジェイクを救急車に引き渡したいと告げた。ジェイクが乗っていたサーフボードは大波に飲み込まれ、ボードも半分に割れた状態で無惨に岩礁へ押し流されていた。

ケニーはジェイクの体が震えはじめ、唇が徐々にチアノーゼで濃い紫になっていくのを見て、四つん這いになり胸を合わせ心臓部分を温め、少しでも頸椎動脈を温めるために頭をジェイクの首に押し当てた。マリコ・ベイの砂浜に着いてそのままジェットスキーで乗り上げ、ブライアンとケニーはジェイクを仰向けにしたままボードを担架代わり搬送した。「ジェイク、どうだ調子は?」ブライアンがジェイクの頭に手を当てながら聞いた。「ああ、大丈夫だ。ちょっとクラクラするけど…」ジェイクの唇からチアノーゼも消えかかり、頬には赤みが戻っていた。「でも、お前、よくあんなにスムーズにジョーズに乗れたな!!」ケニーは自慢げに言った。「ウェイトさえ外れなければ、もっと乗れたのに…」ウェイトを止めていたボルトが波の振動により、抜けたことをジェイクは知っていた。なぜなら、落脱防止ピンを付ける暇がなく瞬間接着剤で固定していたからだ。心配で様子を見に来たヘリコプターを見上げると日差しがまぶしく、ケニーは戦争で戦地に残された兵士が救助を待っている映画のワンシーンを思い出した。そして、仲間と生きていることに喜びを感じた。

パラメディック救急車が到着した。「病院に行く必要はないよ。」ジェイクが照れくさそうに遠慮したがケニーたちのすすめで一応診てもらうことにした。「今日の午後7時にHapa'sで待ってるぜ!!」ケニーは救急車に載せられ、血圧を計られているジェイクに向かって念押しをした。Hapa'sはサウス・キヘイにあるライブ・パブだ。「Let's Suck'em Up! Whoooole Night!(飲み明かそうぜ)」ジェイクは笑顔でShakaサイン(気楽に行こうという意味で、親指と小指を立てて軽く降るハワイアンのサイン)を出した。ケニーとブライアンも笑顔でShakaサインを返した。「さぁ、戻ろう。」ブライアンが大会本部にジェイクのコンディションと救急車に引き渡したことを告げ、親父に今から船に戻ることを報告した。船に戻りケニーを降ろすと、ブライアンはハイ・サーフ・レスキューのスペシャリストとして、轟音と水しぶきを上げながら他の競技者の警備に向かった。このジョーズの大会で感心するのは、いつでもどの選手もレスキューできるように準備されていることだ。大会が終わりHapa'sで結果発表があることが告げられ、関係者一同がペアヒ岬を後にした。

午後6時、Hapa'sに着くと、ジェイクが地元で有名なSunny-Kのアロハシャツにチノパン、ゴム草履というコテコテのローカルスタイルで待っていた。「Heeey! Whaz UP?(よう、どうだい調子は?)」ケニーがジェイクに声を掛けた。「I'm ready To Da Max!(気を失うまで飲めるよ!)」ジェイクが答えると親父や撮影隊の皆まで大笑いした。Hapa'sには約300人が集まり大会結果の発表で優勝者、2位、3位が告げられた。そして司会者からジェイクが初出場でジョーズに乗った英雄として、ハイ・サーフ・レスキューのTシャツをプレゼントされた。今までジョーズに乗ったサーファーの数は約50人。その誰もが英雄伝説として語り継がれている。ステージに呼ばれたジェイクはマイクで親父にお礼を言い、レスキュー・ヒーローとしてケニーとブライアンの名前をアナウンスし、皆の前で親友の存在に感謝した。会場の割れんばかりの大きな拍手に包まれながらステージのステップを降りるときに、ジェイクは胸のメダルがないことに気付いた。「身代わりになってくれたんだ…」とジェイクは思った。

表彰が終わると会場はハワイアン・ラップのジャワイアン・ミュージックのライブで盛り上がり、パーティーは夜明けまで続いた。親父もジェイクも陶酔状態になりながらも朝まで踊り続けた。ケニー達は夜明けと共に会場を後にし、ジェイクとブライアンはラウニオポコに向かった。サーフィンをするというのだ。ケニーはそのまま勤務に向かった。キヘイ消防署に歩いて向かう途中、ハレアカラ火山に上る朝日を見てマウイの新鮮な朝の空気を思いっきり吸い込んだ。


  ※この小説はフィクションです。小説に登場する人名および名称等は、実在の物と一切関係ありません。 


Reported in 2006.