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ケニーの消防日記 第3話「メレ・カリキマカ」

by Sunny Kamiya
 第3話 メレ・カリキマカ

登場人物

Kenny 【ケニー】 JohnJohn 【ジョンジョン】 William
【ウィリアム】
George
【ジョージ】
Matthew
【マシュー】

キヘイ消防署で働く、32歳の消防士。いつも好奇心&向上心を持ち、自分が消防士であることに誇りを持っている熱血漢。趣味は、ダイビングと旅行、そして犬と映画が大好き。父はロバート、母はグレース、恋人はテラ。

小さい頃からケニーにあこがれを持つ子分的存在。マウイ島から一歩も外に出たことがない、28歳独身、彼女なし。消防車両のメカニックが好き。ケニーとダイビングに行き、タコ捕り競争をするのが楽しみ。

年齢は52歳。ケニーの上司であり、もっとも尊敬する消防隊長。家族代々消防業務に携わる家で生まれ育つ。自分の隊員達を家族同様に考え、思い、無口だが、情に厚く、涙もろいところもある。

ウィリアム隊長の先輩部下で消防士歴36年。キヘイ消防署の頼れるベテラン隊員。気むずかしい56歳で一人暮らしをしている。趣味は映画鑑賞と釣り。

マウイに憧れて本土から流れてきた、コーブパークに住むアル中のホームレスで、家族や身よりがなく寂しがり屋。ロマンチストでサンセットと星空を眺める事が好き。


マウイもあと2週間でクリスマスを迎える。クリスマスといってもマウイの気温は26度もあり、太陽もギラギラで、あまりセンチメンタルな気分にはなれない。ケニーの恋人テラは、中学生の時から“大切な人と特別な場所で過ごすクリスマス”を夢見ている。毎年、“特別な場所”の第一候補、ニューヨークに行こうとケニーを誘う。しかし、島から出たことがないケニーは、いつも気分が乗らず、なかなか実現しない。「冬のニューヨークは気温がマイナス16度になるんだって。寒そうだし、大雪で飛行機が飛ばなくなったら困るからやめておこう。」毎年、ケニーの言い訳は決まっていた。ケニーは、今まで一度も雪を近くで見たことがないし、触ったこともない。たしかに興味はあるが、高いチケット代を払い、飛行機で東海岸まで10時間も飛んで、行くまでの気持ちはなかった。

テラが住んでいるカフルイのパパ・アベニュー沿いの住宅地では、毎年、地域ぐるみでオリジナルのクリスマス・デコレーションを競うクリスマスイベントが行われる。なかには、敷地全部に人工雪をまき、等身大のマリア像、サンタ、トナカイなど、大金をつぎ込んで、オリジナリティーを競うファミリーもいる。マウイの消防署では、毎年、12月1日から3週間、各消防署の車庫におもちゃコンテナを置き、「おもちゃ寄付」を呼びかける。集まったおもちゃは、消防署員の奥さんや彼女の手によって、綺麗にラッピングされ、「ファイアー・サンタからのプレゼント」として両親のいない子供たちやホームレスの子供たちに届けるのが恒例である。待ちに待ったプレゼントをもらった子供たちは賛美歌を合唱したり、イエスさまの誕生物語などを演じる。それが彼らから消防士たちへの、心からのプレゼント。毎年恒例のステキなクリスマス行事だ。

ケニーが所属するキヘイ消防署でも、夕食後に近くの施設にプレゼントを届けに行った。お腹の大きなウィリアム署長がサンタに扮装して、「ホウ、ホウ、ホウ」と白いヒゲをなでながら、クリスマスのデコレーションで賑やかなリビングルームに入っていく。「ウェルカム・サンタ!!」と子供たちの大歓迎。署員たちはトナカイの帽子をかぶってプレゼントを運び込み、サンタが座る大きなイスの横にプレゼントを重ねていく。子供たちはきちんと並び、ひとりずつ名前を呼ばれてサンタからプレゼントをもらう。そして、プレゼントをもらうと力一杯サンタに抱きつき、満面の笑みで「サンキュー!! サンタ」とお礼を言う。ケニーは、子供たちのワクワクした目、プレゼントを開けたときのうれしさいっぱいのハシャギ声、そんな子供たちの表情をあたたかく見守る先生たちを見ながら、本当に心の通ったクリスマスを過ごしていると思った。そして、将来自分の子供や子供の友達にもステキなクリスマスを過ごさせてあげたいと誓った。

その時、「クムラニホテルの屋上から、50歳くらいの白人男性が飛び降りようとしている模様。出動車両はキヘイポンプ小隊、梯子小隊。民間救急車は出動指令済み!!」との指令が肩に掛けた無線機から流れた。「何だよ。クリスマスの夜に…」と赤鼻のトナカイ、ルドルフに扮したジョンジョンがつぶやく。子供たちに明るく手を振りながら施設の外に出て、頭につけたトナカイの帽子の代わりにヘルメットをかぶる。ウィリアム隊長は、サンタ姿のまま梯子車に乗り、現場ホテルの屋上平面図を出動隊すべての車両にファックスするよう指令課に命じた。さらに要救助者を興奮させないためにサイレンと赤色灯を付けないように指示した。「営業に支障がないようホテル背面の業者搬入口から進入せよ。なお、建物は5階建て、屋上には高さ2mのフェンス有り、照明交換入り口から、フェンス外にアクセス可能。なお、照明交換入口のキーはセキュリティーオフィサーが所持。業者搬入エレベーター横で待機中」と指令課からの無線が入った。世界中がクリスマスのお祝いで幸せに包まれる夜だというのに、なんてさびしい出動だろう。現場到着後、ウィリアム隊長は地上に残り、ケニーとジョンジョン、そして、最年長のジョージがセキュリティーオフィサーに案内され屋上に向かった。

屋上に着くと、ホテル正面の夜間照明に要救助者の影が見えた。ちょうど、フェンスに寄りかかって空を眺めるような感じで座っており、右手にウィスキーボトルと思われる形が見える。「星がきれいな場所だな…」まず、フェンスに向かって、ジョージがゆっくりと、わざと足音が聞こえるように要救助者に近づき声をかけた。彼は何も返事をしなかった。「俺の名前はジョージだけど、名前を聞いてもいいかな?」どのくらい飲んでいるのか?、飛び降りる意志と体力があるのか?、ジョージは観察しながらアプローチングを続けた。

「マシュー…」要救助者は蚊の鳴くような声で自分の名を告げた。泥酔しているようではなく、一点を見てうなだれている感じで落ちこんでいるように見えた。「そこにいると危ないから、フェンスの内側で話そうじゃないか。今、迎えに行くから。」ジョージはマシューに近づき、1mくらい離れた位置でフェンスの支柱に命綱をとり、ひざまずいて彼に説得を開始した。「さあ、とりあえずフェンスの内側へ入ろう。ここで死ぬ必要もないだろう?」とジョージがマシューに言った瞬間、「もう、いいんだ!!」とマシューは突然起きあがって飛び降りようとしたが、腰砕けになり上半身は建物の外、かろうじてマシューのつま先が高さ15cmくらいの外壁角に引っかかる形になった。野次馬から大きな悲鳴とどよめきが上がった。ジョージは間一髪マシューのジーンズのベルトをつかみ、右手一本でマシューの体を支えた。だが、体重の軽いジョージの体はマシューの重さに耐えきれず、ズルズルと滑り出した。おまけにベルトをつかんだ手が挟まり外すこともできない。「あぁ、もうダメだ!!」と思った瞬間、ケニーとジョンジョンが素早く駆けつけフェンスの支柱に命綱をとり、ジョージの腰の縛帯にカラビナをかけてしっかりと安全確保した。「助けてくれぇ!!」腹にベルトが食い込み、その苦しさで我に返ったマシューが叫んだ。ジョンジョンがマシューの腕を握り、ケニーはマシューのベルトをつかんだ。ジョージはベルトを持ち変え、3人で徐々にマシューの体を引き上げた。引き上げられたマシューはガタガタと震えていた。「危なかったな、大丈夫か?」ウィリアム隊長から無線が入った。「大丈夫です。要救助者も無事です。」ケニーの声が無線機を通じて野次馬に聞こえた。野次馬から大きな拍手が湧き起こった。「寂しいんだよな、とても…」とマシューはつぶやき、とぎれとぎれに話し始めた。「クリスマスって、家族や身よりのないものにとっては、1年のうちで一番寂しい日なんだ。ひとりぼっちで死ぬことを考えると切なくてたまらないし、俺は、もう、十分に生きたし、何も思い残すことはなかったんだ…」と今の気持ちを正直に自分から告げた。

「そういう時って誰にでもある。俺もわかる気がするよ。俺は離婚して、今は一人暮らし。両親も子供もいない。死ぬときには周りに誰もいないだろうな。でも、自分の生きている価値は自分で判断するべきではないと思う…。家の中では寂しいけど、俺の存在を喜んでくれる子供たちが近所にいるんだ。」とジョージも心からの気持ちを語った。側に居たジョンジョンは「明日、午後7時からクリスマス・サンセット・バーベキューをやるから来ないか? 消防署でやるからビールは飲めないけど、俺が作った特製テリヤキ・ソースのタレでステーキを焼くからうまいぞ!! 近所の人たちも来るから、きっとにぎやかになる。」とマシューを誘ってみた。すると、涙ながらに「ありがとう…」と答えてくれた。

ケニーは、地上階に降りてマシューを警察官に引き渡す前に、「じゃあ、明日待ってるからな!!」と言ってウインクし、子供達にもらったキャンディーを手渡した。ウィリアム隊長は、「メレ・カリキマカ!!(ハワイ語でメリー・クリスマスの意)」と野次馬たちに大きな声で叫んだ。野次馬たちは笑顔で一斉に「メレ・カリキマカ!! サンタ!!」と叫んだ。

翌日、バーベキューに遅れて参加したマシューをジョージをはじめ、すでに集まっていた消防署員とその家族や近所の人たちが拍手で歓迎した。「みなさん、昨日は助けてくれて、本当にありがとうございました。」マシューは笑顔で皆にあいさつした。そして、ジョージに両手で固い握手をし「昨日はありがとう。」と心から礼を言った。2人がピクニックテーブルに腰掛けると、コークを3本手にしたウィリアム隊長も側に腰掛けた。3人とも50代だった。ウィリアム隊長は「マウイには何年住んでいるんだ?」と聞いた。「マウイには、2ヶ月前に来たばかりです。まだ、仕事も見つからず、コーブ・パークの休憩所で寝泊まりしています…」とマシューは静かに答え、自分がここに来たいきさつを少しずつ話し始めた。

2年前、サンフランシスコで電気工事士をやっていたとき、ある現場で、下請けの工事ミスを知らない間に自分のミスにされ、大きな借金を背負ってしまった事や、半年後には体をこわし、さらに借金が増えて、そのあと職を完全に失ってしまった事。そして、毎日酒を飲むようになり、妻とのケンカが絶えず、16歳の息子は家出してしまい、離婚してしまってひとりになった事。死ぬ前に一度行ってみたかったマウイに片道切符で来た事など、途中言葉を詰まらせながら話し続けた。明らかに自分を責める様な口調だった。離婚歴3回のジョージは「ひとりぼっちの寂しさはよくわかるよ。」と深く同情したあとで、「でも、生きることは自分から途中で辞めちゃいけない。きっといつか生きてる意味がわかる時が来る。」とマシューを元気づけた。「どうしたんですか? 3人ともしんみりしちゃって。みんなドリンクを持ってカラマ・パークにサンセットを見に行きますよ!!」ケニーが3人を誘いに来た。

その日のサンセットは普段より大きく光を放っていた。まるで日の入りと共にマシューの過去の悲しさを全部消してくれる様に。そして、明日から、日の出と共に新しい人生を踏み出せるように…。

明るく陽気なジョンジョンがマシューにアルコール無しのドリンクを手渡し、「マシューに乾杯!!」と高々と手をあげて叫んだ。みんなもマシューに乾杯した。キヘイの人々の心温まる優しさにマシューは涙が止まらなかった。そして、心の中で「この人たちを喜ばせたい。ステキなクリスマスをプレゼントしたい。来年のクリスマスは、自分の電気工事の腕を活かして、世話になったキヘイ消防署や施設の子供たちに、手作りのクリスマス電飾をプレゼントしよう!!」と誓った。生き甲斐のようなモノを感じた。マウイに来て、本当に良かったと心から思った。ケニーはマシューの表情を見て、人命救助の使命感を感じ、「心が心を助けるんだ」と思った。日が沈んだ後の空はオレンジからピンクになり、やがて紫色になった。宵の明星が「見守っていますよ」とばかりに瞬いていた。


  ※この小説はフィクションです。小説に登場する人名および名称等は、実在の物と一切関係ありません。 


Reported in 2006.