2016.07.11

コラム/小説FIRE STORY 赤色灯の下で。

最終話「目指す未来」

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FIRE STORY 赤色灯の下で。

最終話「目指す未来」
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火災現場から救出されてきた女の子を病院へ搬送して署に戻ると、食堂に集合となりました。はしご隊へ配置となった小原隊長と入れ替わりで救急隊の隊長を務める相上司令補の号令で、豊嶋士長、私、そして、なぜか小原隊長の4人が集められました。「ここ最近、キモチの面でハードな現場が続いてますし、デフュージングしましょう。それぞれで黙って考えているとストレスがどんどん悪化してしまいます。なので、ちょっと皆で話しをしましょう」惨事ストレス対策で、帰りの車内、あるいはこうやって、帰署後にみんなで話し合いの場が設けられてます。でも、やるときは救急隊の3人でってのがいつものパターン。何で小原隊長までお呼びがかかったんだろう。私や豊嶋士長のそんな悩みを察したのか、少しうつむき、深く呼吸してから、小原隊長が話しだした。「小さな女の子が絡む現場、正直、今でもダメなんだ。──俺よ、10年前に一回潰れかけたんだよ」え?何なに!?どゆこと?「まだ救急に乗りはじめて間もなかった頃だな。幼かった娘を交通事故で亡くしてるんだ。勤務中に電話が入って、すぐに病院に駆けつけた。間に合わなかったよ。その後は、だから全員助けるって気合が入ったんだけどよ、ちょうど10年前だったかな。似
たような現場に出たら、動けなくなった。あの時にフォローしてくれたのが、相上だ」「言葉にしがたい交通事故でしたね。あの現場は、みんな辛かった。小原さんがキツい中で俺らのケツを叩いてくれたから活動できたんです」「ありがとう。ちょうどあの頃、うちの会社で“惨事ストレスケア実施要領”が制定された。それまでシンドイのは気合が足りないからだって考えが当たり前だった。でもよ、実際に自分がストレスに押しつぶされそうになって、初めて理解できたよ」「ストレスにより障害が起きるのは、若い職員だけの話じゃない。経験豊富なベテランの小原さんだって、小さな惨事ストレスの累積や、ちょっとしたキッカケでストレスによる障害が現れた。普通の人間が人生で数度しか経験しないような状況に、日常業務として私たちは立ち会う。だからこそ、日常的なストレス対策が重要なんです」そうか、自分が弱いからだって思ってたけど、これってフツーの気持ちなんだ。そんなことも見失ってた、私。6日前から続いた不幸の連鎖、そこで感じたことを話した。小原隊長の話の後だから、なんだか自然に話せた。1時間くらいかな、みんなでいろいろ話した。聞いてみると、みんな同じことを思ってたみたい。ものすごく安心して、ギューって押さえつけられてたみたいな胸の違和感が、すっと抜けた気がした。その後は珍しく出場もなく、勤務が明けた。

最終話「目指す未来」
非番は久々に寝まくったよ。しっかり寝られて、気分もリフレッシュ・・・出来たことにした。ウソでなく、キモチもすこし落ち着いてたし。少なくとも、頑張ろうという気にはなれた。「おはようさん」小原隊長だ。昨日は何してたんだと聞かれたので、泥のように眠ってたと答えてやりましたとも。「寝ることが息抜きになったんなら大いに結構だ。いいか、鈴里。ストレスが溜まっている事に気付き、息抜きをする事が重要なんだ。とにかく、抱え込むなよ」そうだよ。落ち込んで当たり前なんだから、気にすることはないんだ。そう自分に言い聞かせて、大交代の列に並んだ。今日は静かだな。昼近くなっても指令が入らない。そんなことを思っていたときでした。火災を告げるトーンの後に「中層建物火災 第一出場─」と。汐見ヶ浜出張所管内でマンション火災が発生。本署の私たちも全隊出場です。現場に到着するも、火災が発生している様子はない。誤報かな?よかったよ。消防隊の皆さんが状況確認に走り、相上司令補は現場指揮本部に。現場は復員の狭いバス通りに面したマンション。豊嶋士長と私は、かなり離れた道路上に救急車を停め待機です。その前には小原隊長のはしご車が待機。片側1車線を塞いでしまっているので、私と小原隊長は一般車の誘導を行います。すると、目の前に、バスが止まり、運転手さんがすごい剣幕で飛び降りてきて、開口一番叫びました。「に、妊婦さんが、生まれるって!」はい?!キョトンとする私に小原隊長が「分娩用資器材一式と布担架持ってこい!」と叫び、バスに駆け込んでいきました。慌てて救急車に戻り、点検のときにしか引っ張り出したことがない分娩用バッグを準備。布担架や毛布も用意して、豊嶋士長に状況を説明してから私もバスに走ります。

最終話「目指す未来」
車両前方のドアから車内に入ると、中央部の通路に向かったベンチシートにおなかの大きなお母さんが「痛い・・・生まれる・・・」と苦悶の表情を浮かべて座っています。その横では幼稚園の制服を着たお子さんが「ママー」と心配そうに見つめてる。「バイタルは安定。陣痛は1〜2分程度の間隔で、破水はしているが発露なし。ここじゃナンだから、救急車に収容しよう」観察を終えていた小原隊長から状況説明を受けます。救急車への収容を最優先とし、布担架を準備。すると次の瞬間「生まれた!」との訴え。小原隊長が再度観察すると、児頭が完全に娩出されていました。幼稚園児のお子さんがいるということは、たぶん経産婦さん。この場合、経過が早い・・・って、教本で読んだ記憶がある。こりゃ車内収容どころじゃないよ!「問答無用だ。分娩介助!」小原隊長の指示で臍帯クリップやビニールシートなどを用意する。児頭が出てきたところで、小原隊長は飛び出さないように頭を押さえる。初めての経験にオロオロする私。こんなときこそ声だしです!安心してもらおうと、「赤ちゃん、顔が出てきましたよ」と状況を説明しながら、ガーゼで児の顔面を拭く。肩が出てきたところで、腋の下に指を入れて引き上げる。「生まれましたよ!」な、なんか、スゴイ。赤ちゃんが生まれたよ!!バス車内からの搬送を考慮し、クリップをかけて臍帯切断し、体を拭く。でも泣かないよ(泣)「羊水が呼吸の邪魔をしてる。口腔内と鼻腔内を吸引するぞ」指示されたサイズのカテーテルと吸引圧で吸引器を設定する間、小原隊長は「泣け〜」と優しく語りかけながら、赤ちゃんの背中を擦ったり足の裏を叩いたりしている。そして私に言い聞かせるように「胎児娩出後すぐに啼泣はない。大丈夫」と。吸引と足底刺激を繰り返して約1分後、赤ちゃんが泣きましたよ!「強く泣いて、腕や足を曲げている。アプガースコアは9点だな!」満面の笑みで小原隊長がいいました。

現場指揮本部から戻った相上司令補と、ストレッチャーを準備していた豊嶋士長が合流。「生まれちゃったの!?」と、そのスピードに目を白黒させてます。保温と感染防止に配慮しつつ、お母さんと赤ちゃんを救急車へ収容。タオルにくるんで、酸素投与しながら隊員が抱っこして病院へ向かうのが一番安全とのことで、私がその役目を仰せつかりました。赤ちゃん、元気♪泣いたり、ウネウネと元気に動いたりしてるぅぅぅ!!これ、かなり嬉しいぞ。お猿さんみたいだけど、かわいいぞ!モーレツに感動してるぞ!病院に無事到着し、産婦人科と小児科のドクターに引継をします。母体にも問題はないとのお話で、さらに嬉しくなっちゃいました。署に戻る車内で相上司令補が「貴重な経験しましたね」と。豊嶋士長いわく、分娩介助はベテラン救急隊員でも経験せぬまま救急を降りることがあるくらいのレアケースなのだそうです。あら、貴重な経験させてもらったんだね、私。署に戻ると、一足先に帰署していた小原隊長が出迎えてくれました。「お母さんも、赤ちゃんも無事です!」と元気よく報告すると、小原隊長、力が抜けたように「最後の最後で経験するとは思わなかった」と。話を聞くと、分娩介助したの、初めてだったそうです。そして、続けてこんな話をしてくれました。「──俺たちの仕事は、人の死っていう重すぎる場面に立ち会うことが多い。ショックも多いわな。でもよ、今日みたいによ、新しい命が生まれる瞬間に立ち会うことだってできるんだ。すばらしいじゃねぇか」そうだね。たいしたことは出来なかったけど、なんだろう、この充実感。「続けていれば、それだけ大変な思いもするだろう。でも、こんな感動的な瞬間に立ち会うことだってできるんだ」うん。すごかった。ここ数日のモヤモヤを吹っ飛ばすパワーをもらったよ。そして、自然と胸にわいた気持ちが、言葉になって口からこぼれた。「救急救命士、目指してみようかな──」うん、恥ずかしげもなく大胆な発言だ(笑)でも、患者さんのためにできることを、できるだけしたい。今度同じような場面に出会ったら、女子の私が分娩介助をするんだ!という明確な目標ができた。だから、救急救命士に、なる。「──お前のドジっぷりは心配だが、絶対にいい救命士になれる。今の気持ちを忘れるな。そして、今の気持ちに囚われるな。長い消防人生で、ゆっくり自分の道を見つけりゃいい。途中でヘマしたって、俺みたいに卒業はできる。とにかく、思うままにやれ!」小原隊長に、最後の最後に背中を押してもらえた。小原隊長みたいな救急救命士、そして消防人になるんだもんね。よぅし、見得を切ったんだから、頑張っちゃいますよ!

登場人物
鈴里奈穂子消防士:NAHOKO SUZUSATO
磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。
小原豊消防司令補:YUTAKA KOHARA
近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。
豊嶋和人消防士長:KAZUTO TOYOSHIMA
運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。
宮本悠消防士長:HARUKA MIYAMOTO
磯谷消防署城野消防出張所に配置された救助隊で副隊長役を務める中堅隊員。現場で顔を合わせることもしばしばあり、日ごろからの連携訓練により、救急隊とも顔なじみ。
※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita / Illustrated by Takao Sato

SUMMER 2016/FIRE RESCUE EMS vol.74
 

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