2015.09.25

赤色灯の下で。FIRE STORY 赤色灯の下で。

第45話「決心」

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FIRE STORY 赤色灯の下で。

第45話「決心」

 うちの署では春と秋に倉庫の大掃除が行われます。庁舎や車両のお掃除は毎朝やってますが、倉庫は日々の業務でいろんな物をしまいこんでいってるわけで、定期的に整理をしないと収拾がつかなくなっちゃう。それじゃダメよってことで、春と秋の年2回ほど、倉庫の集中整理を実施しているわけです。今回の大掃除は員数外アイテム、つまり、正規の数には含まれないモノたちの仕分けが重点課題です。お母さんが「何かのときに使うから」と溜め込んだ紙袋やレジ袋と同じで、車庫の後ろにある一般資機材倉庫にはいろ~んな秘宝が溜め込まれて眠っています。「豊嶋士長ぉ。ロープ、すごい量ありますけど全部とっとくんですか?」絶妙に短い小綱やゴワゴワに固まった長ロープ。…お宝じゃないじゃん。「完全無欠の倉庫の肥やしだよな。よし、捨てロープにも使えないやつは廃棄しちまおう」ゴワゴワはコッチに残して、カチカチはソッチに。お、これは微妙だぞ。「もやい結び作成っ」と。これ、やりにくい。君はカチカチ組だ!…テンション上げようとがんばってみましたが、ムリっす。あーめんどくさい!!無数のロープに続いては、今じゃ使ってないメーカーの面体やら、廃車の際にキープしといた車両のパーツなど、古すぎるものを一掃します。あぁ…いつになったら終わるのかしら?

第45話「決心」
 処分する員数外アイテムが増えてきたので、署の裏手にあるゴミ置き場に廃棄分を運びます。ゴミ置き場では書庫の整理にあたっていた庶務課&予防課チームが、廃棄する印刷物を積み上げて引き上げて行くところ。「お疲れ様です!」と元気に声をかけてみると、生気のない声で「お疲れさ~ん」と言い残し、フラフラしながら庁舎に戻っていきました。庶務課&予防課チームも疲れ果ててますね。さて、私たちも台車から廃棄分を下ろしましょう。ドンっ。あ、やっちゃいました。庶務課&予防課チームの皆さんによる印刷物のタワー、倒しちゃいました。縛ってあった紐も切れて、見るも無残な状態に。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!この状態を見たら庶務課&予防課チームの皆さん、暴動を起こしそうなので証拠隠滅をせねば。

 改定前の防火・防災アドバイスブックや住宅防火アドバイスとか、内容変更で使えなくなったパンフレット類が散らばっております。お、これは見覚えがあるぞ!消防職員募集案内パンフレットもある!しかもこれ、私が受験した年のだ。全然最近なのに、懐かしいなぁ。思わずページをめくってみる。「そういえばさ、鈴里、なんでうちの会社入ったの?」気付けば豊嶋士長が横からパンフレット覗き込んでる。「災害現場の最前線で、真っ先に人助けができる消防士の仕事にとても魅力を感じたのがきっかけです…」「…お前、面接下手だね」言わないでぇっ!自分自身、採用試験突破できたのが不思議なんですからぁ。志望動機、決して盛ったり、売り込もうと思って考えた内容じゃないです。同期の中には身内に消防や医療関係者がいてっていうパターンとか、近しい人の死を経験してとか、幼い頃に災害を経験してっていうパターンの人も多かった。あと、部活などのスポーツでチームワークや体力を培ってきたので系とか。でも、私の場合、そう思うに至った動機の動機が説明しにくいんだよなぁ。


… 中学校の時に友達に誘われて吹奏楽部に入って、高校もそこはかとなく活躍してる吹奏楽部がある学校に、友達に誘われて進みました。音楽一家とか、小さい頃から音楽に慣れ親しんでっていう環境じゃなかった私。希望のパートもよくわからず、中学校では最初にフルートを担当してたのですが、ある日突然先生からチューバの担当を言い渡され、以降、チューバ・ライフがはじまりました。そんなに背が高いわけでもなく、最初は「えっ?この私がこんなでっかいの!?」と抵抗感がありましたが、金管楽器の中で一番の低音楽器。いざ吹いてみると、低い音がカッコイイのですよ。低音の魅力ってやつにハマってしまいました。それに、みんなを支えるとっても大事な役目ですし、ソロもある。やりがい感じちゃうんですよねぇ。あと、オトコばかりのパートっぽいチューバを女子がやっているとウケが狙えるし、一生懸命やってると思われます。高校に進んでも、第一希望でチューバといったら、すんなりOKに。顧問から理由聞かれたので、チューバ愛を語ったら褒められました。

第45話「決心」
 高校2年のときに進学か就職かを決めることになり、進路指導で「やりたいことや向いていることを探しなさい」といわれた。圧倒的に進学組が多かったけど、私はやりたいこと、そのために学びたいことが思い浮かばない。なんか進学はないなぁとだけは思ってました。この時、先が見えない私に手を差し伸べてくれたのが、吹奏楽部の講師のセンセでした。私の通っていた高校では、顧問とは別に外部から講師を招いて、技術面のみならず音楽全般について教えてもらうというシステムがありました。で、その講師が、消防音楽隊の現役隊員だったんです。ある日、部活が終わった後、その講師のセンセに話しかけられました。

 「就職先に悩んでるなら、消防ってのはどう?」…ん!?それは考えてなかったですよ。イヤとかじゃなくて、全くのノーマークでした。「消防音楽隊は消防職員と嘱託員で構成されていて、嘱託員には『演奏・事務嘱託員』と『演奏・演技嘱託員』って2種類があるんだ。演奏・事務嘱託員は楽器の演奏と消防職員の事務の補佐が仕事。演奏・演技嘱託員は『演奏もできる女性ドリルチーム』。ストレートトランペットを使用したドリル演技をやったり、楽器の演奏やドリル演技の企画をやったりするんだ。どちらも定期的に採用を行ってるし、年齢等の制限もない。ただ、嘱託員は1年毎の更新で、任期が最長5年なんだ」へ~、そういう仕組みになってるんだ。でも、運動オンチだしドリルチームはないなぁ。「キミ、前に『一生懸命演奏して、聞いてくれた人が楽しんでくれるのがうれしい』って言ってたよね。そういう純粋な気持ちで打ち込んできた姿勢、すばらしいと思う。それに、担当してる楽器もいい」「いえいえ、よくわからないうちにチューバやらさせられて、そのまま続いてるだけですよ」「そこだよ。中学の吹奏楽部でチューバを指名されるというのは、ある意味名誉なことなんだ。それほど人数がいる楽器じゃないし、個人持ちの楽器でもないから、3年間継続してやってくれる、練習にきちんと出てくれる信用できる子じゃないと指名できない。先生はキミの練習態度を見て信頼したんだと思う」

 おや?なんだかすごい褒められちゃってるよ。「誰かのために一生懸命になれる。継続して一つのことに打ち込める。それこそ、キミの最大の長所だと思う。消防の世界、キミに向いていると思うんだ。任期が決まった嘱託員でなく、消防職員として働くこと、考えてみてほしい」そうくるかーい!予想だにしない展開に取り乱していると、追い討ちが。「消防職員として消防音楽隊に参加することもできる。それに、消防の世界には現場で災害と戦うだけじゃなく、音楽隊以外にもいろいろな仕事があるんだ。そして、全部の仕事が人を助けることにつながってる。肉体的にも精神的にも大変なことはある。でも、それ以上のやりがいに溢れかえってる。キミみたいな子に向いている仕事だよ」…ムリムリムリ!って叫んじゃいそうなところだけど、なんでだろう、ハートをガッチリ鷲づかみされちゃった。


… 「志望動機の動機は講師のセンセの言葉だったんです。しっかり自分の事を見てくれて、その上で薦めてくれたのが嬉しかったんです。なので、消防音楽隊に入りたいということじゃなく、できるなら消防職員としていろいろな仕事をしてみたいなって」「なんだか珍しいパターンだな。それ、面接で説明できたの?」「話してて、後半はもう覚えてません」ケラケラ笑う豊嶋士長。いやはや改めて考えると、よく合格できたな、私。「まぁ、消防の仕事がお前に向いているのは確かだと思うぞ。今日の倉庫整理だってそうだ。目前の仕事に全力で取り組む姿勢はすばらしい。だから、パンフレットを読みふけってないで、早く片付けなさい!」え、えぇ~っ!? 話し振ったの豊嶋士長ぢゃないですか!!

 消防の仕事、自分に向いていると声を大にして言いにくいんですが、自分のやりたいことであるのは自信を持って言えます。この先どうなるかはわかんないけど、まずは救急の仕事、がんばりますよ!

登場人物
鈴里奈穂子消防士:NAHOKO SUZUSATO
磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。
小原豊消防司令補:YUTAKA KOHARA
近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。
豊嶋和人消防士長:KAZUTO TOYOSHIMA
運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。
宮本悠消防士長:HARUKA MIYAMOTO
磯谷消防署城野消防出張所に配置された救助隊で副隊長役を務める中堅隊員。現場で顔を合わせることもしばしばあり、日ごろからの連携訓練により、救急隊とも顔なじみ。
※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita / Illustrated by Takao Sato

AUTUMN 2015/FIRE RESCUE EMS vol.71
 

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