2015.09.01

赤色灯の下で。FIRE STORY 赤色灯の下で。

第44話「漆黒の迷宮」

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FIRE STORY 赤色灯の下で。

第44話「漆黒の迷宮」

 「まだ停まってやがるな…」フロントガラスに激しく打ち付ける雨。その先の信号機を見て隊長がつぶやく。本来なら休むことなく光ってるはずの信号機が、何の光も灯していない。「交差点進入注意!左見るぞ!!」と豊嶋士長に注意を促すと、隊長はサイレンアンプから延びるマイクを手にし広報を行い、隊長席の窓に顔を貼り付けるようにして状況の確認を行う。ハンドルを握る豊嶋士長は「右よし。最徐行で通過します」と言いながらゆっくりと交差点を通過させる。夕方からの激しい雨に続き、磯谷区内ではしばらく前から大規模な停電が発生してます。まだ復旧してないみたいだね。雨で視界が悪い中、信号という秩序を失った交差点に進入する。これってかなりの恐怖ですよ。大雨に停電。こうした普通じゃない状態のときって、普通じゃない事故が起こるもの。今向かってる現場は運送会社の倉庫で負傷者発生というもの。指令室での聴取、そして私たちからのコールバックでも「よくわからない。とにかく来てくれ」の一点張り。やっぱり普通じゃないのかなぁ。
第44話「漆黒の迷宮」

 要請のあった運送会社の倉庫に到着。案内人の誘導で、倉庫の入口に接近させて救急車を止めます。スライドドアを開け、雨を避けるように倉庫の中に飛び込む。すると、目前には真っ暗闇の空間が広がっていました。倉庫はそんなに大きくはありませんが、かといって狭くもないらしい。なにせ、真っ暗だから全容が見えません。「ケガをされた方はどちらに?」隊長が尋ねると、案内人の男性が手にした懐中電灯で奥の方を照らし、指し示します。「あの辺り、ちょうど中2階になっている部分に倒れています」私もヘッドランプのスイッチを入れ、視線の先を照らしてみる。すると、巨大なダンボールの箱の山がいくつも立ちはだかり、壁のようになっていました。…あの中2階にはどうやっていくのだろう? そもそも、通路はあるの? 呆然とする私を察したのか、案内人の男性が説明を始めた。

 「風で屋根が壊れたのか、雨漏りがひどいんです。それで、荷物を雨から逃がすために動かしてあります」天井を見てみると、確かにあちこちから水が降り注いでます。「こちらからお願いします」と言われ、案内人の誘導で積み上げられた荷物の山の脇に回りこむ。すると、通路状の隙間がありました。倉庫入口から患者さんがいると思われる場所までは、直線距離で十数メートル程度。でも、たどり着くには迷宮を進まねばならないようです。少し進むと、案内人の男性が「あれ?」といって立ち止まる。少し戻って、別の荷物のスキマを進むと、また「あれ?」と。…迷子になってませんか?! なんだか迷路になっちゃってるらしい。消防学校でやった迷路室での煙中検索、思い出すわぁ。迷いまくってタイムアウト。あの恐怖がよみがえります。

 雨漏りから避けるため、荷物を空いたスペースにとにかく移動させちゃったものだから、通路らしい通路もないらしい。そこに停電が起こって、従業員でさえ迷宮の全容を把握している者は誰もいない様子。「これ、登っちゃまずいですよね?」と、さりげなく豊嶋士長が尋ねる。確かに、よじ登って全体確認するなり、直線的に進むなりした方がはやそう。でも、雨を避けるために必死だった商品なわけですもんね。登ってよいわけないですわね。とにかく、人の通れる隙間が狭すぎる。「これ、搬出困難で応援かけといたほうがいいぞ」と隊長。豊嶋士長が一旦車両に戻り、司令室に一報を入れる。…豊嶋士長、戻ってこれるかなぁ?

 荷物の隙間を突き進み、なんとか中2階へ向かう階段に到着。登ったところで患者さんに接触できました。この場所、雨漏りがすごい。ここは外かい?というほど、雨が降り注いでる。患者さん本人は意識があるものの、とにかく苦悶の表情。辛うじて聞き取れたのは「落ち…た」という言葉だけ。状況が見えない。案内人の男性に聞くも「気付いたときにはこの状況だった」とのこと。落ちたといっても、そんなに高いものはない。荷物に登るわけもないだろうし、荷物の上から落ちただけじゃ、こうはならないんじゃないかな。隊長が観察を行う間に、周囲の状況を再確認してみる。ふと見ると、そばに積み上げられたダンボールがつぶれてる。ここから落ちた、というより、ここに落ちた感じ。ということは…。

 見上げると、天井近くにキャットウォークがあった。あそこからダンボールの山の上に落ちて、バウンドしたんだ!「隊長、墜落です!」キャットウォークを指差しながら、慌てて隊長に報告する。墜落は身体が完全に宙に浮いた状態で落下すること。階段や坂道などに接しながら落ちる転落に比べ、ダメージが大きいわけです。落下した高さや接地面の性状、接地した時の身体の部位や向きなどが重症度を左右します。今回はダンボールの上に一旦落ちたことでいくらか衝撃が弱まったものの、それでも身体へのダメージは相当なはずです。

 6メートル以上の墜落では頭部、胸部、腹部、骨盤、四肢など身体の2か所以上の部位に生命を脅かすような損傷がある多発外傷に至っているケースが多いです。こうした重症例ではロード&ゴーを行うのが基本ですが、目前に見えているあの出入り口に、患者さんを運ぶことすらままならない状態です。しかも、骨盤骨折や腰椎圧迫骨折などが疑われるので、安静位での搬送が必要。布担架なども使えないので、1階への階段通過や狭い荷物の間を通過することができません。隊長の判断で早い段階で応援を要請してあるので、今は応急処置を行って、待つしかありません。豊嶋士長が迷子になりながら、ビニールシートを持って戻ってきたので、これで降り注ぐ雨から患者さんを守ります。他に何かできることないかな…。そうだ! 隊長、一旦車両戻りますっ!

 自らの方向音痴っぷりを呪いながら、なんとか救急車に到着。患者室に入ると、付き添い用シートの座面を持ち上げます。この収納に長ロープと、確かアレがあったはず…。お、あった! あとは引き出しからサージカルテープをごっそりと持って、戻ります。迷路の入口に長ロープの索端を結着。あとはロープを延ばしながら、患者さんの元に戻ります。で、数メートルおきに秘密兵器をセットします。コンサート会場でおなじみの、ポキっと折ると光るヤツ。その昔、火災現場などで検索済みのマーキングに使用していたもので、使用期限が切れたけど何かに使えるかもって豊嶋士長が取っといたやつです。車内整理のたびに邪魔だから捨ててやろうと思ってたんですが、まさか使う日が来るとは。よし、光った! これをサージカルテープで、数メートル間隔でロープに固定していきます。「戻りました!」と報告しつつ、中2階からマーキングしたルートを見てみる。よし、大成功! 真っ暗闇にぼんやりと通路が照らし出されてます。これで応援隊も速攻でたどり着けるはずだよ。

 待ってましたの城野救助隊が到着。入口のほうでは「車両照明と投光器を設定!」などの指示が飛び、続けて私たちの元に救助隊長と我らの宮本さんが到着。周囲の状況を確認し、救出方法の検討を行う。「真下はムリだな」「ええ。ただ、入口付近の山を若干動かせば、活動空地が確保できます。そうすればスロープ救出で対応できるかと」「よし、それでいこう」…なんだかわからない会話ですぞ。悩んでたら宮本さんが解説してくれました。「このあと、そこの手すりが切れている場所に三連はしごを架けます。それをスロープとし、バスケット担架に収容した要救助者を1階に救出します」なるほど、それなら階段と迷路を通らないでいいわけですね! せっかくがんばったマーキング、あんまり役にたたなかったね。
第44話「漆黒の迷宮」
 従業員の協力で、フォークリフトを駆使して手前側の荷物の山を少し動かす。これで空いたスペースで三連はしごを伸梯して、中2階に架梯。通常75度で使いますが、今回はスロープ状に、結構斜めに架けてます。このスロープを使って投入したバスケット担架に患者さんを収容。ロープを結着し、中2階側に確保者が1名、担架保持のため梯上救助者として宮本さんが入り、救出が始まります。あっという間に救出が完了し、救急車内に患者さんを収容できました。中2階に残してあった資器材を回収して車両に戻る途中、救助隊長に呼び止められました。

 「あのマーキング、誰がやったの?」と救助隊長。このパターン、大体叱られる展開。恐る恐る「私です」と答えると「いい判断だ」と。でも、あんまり役に立たなかったですよね?キョトンとする私に、今度は宮本さんが続けた「活動準備の往復も、アレがあったからスムーズに動けたし、上から見てルートのイメージができたから救出方法が思い浮かんだんだ。鈴里ちゃん、ナイス!」ほ、褒められた。なれない状況にモジモジしながら救急車に戻ると、隊長がボソっと「茹でたエビみたいだな」と。そりゃかなり赤面してますよ。とにかく、ちょっとは役に立てたみたいでよかったよ。

登場人物
鈴里奈穂子消防士:NAHOKO SUZUSATO
磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。
小原豊消防司令補:YUTAKA KOHARA
近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。
豊嶋和人消防士長:KAZUTO TOYOSHIMA
運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。
宮本悠消防士長:HARUKA MIYAMOTO
磯谷消防署城野消防出張所に配置された救助隊で副隊長役を務める中堅隊員。現場で顔を合わせることもしばしばあり、日ごろからの連携訓練により、救急隊とも顔なじみ。
※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita / Illustrated by Takao Sato

SUMMER 2015/FIRE RESCUE EMS vol.70
 

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