2016.01.18

赤色灯の下で。FIRE STORY 赤色灯の下で。

第46話「悩める救急女子」

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FIRE STORY 赤色灯の下で。

第46話「悩める救急女子」

 市立病院の救急入口前には数台分の救急車専用駐車スペースがあります。患者さんを搬送し、救急入口で患者さんを降ろしたら、この駐車スペースへ救急車を移動させておきます。そのまま置いておくと、次の救急車が患者さん降ろせないからね。病院でのモロモロが済むまでは、隊長が院内に患者さんとともに残り、豊嶋士長と私は車両に戻って車内整理や消耗品の補充などを行って次の出場に備えます。今日は込み合ってる中、受け入れてもらってるんで、隊長もなかなか戻ってこない。隊長の様子を偵察に行くと、処置室でクリップボードを持ったままひとりたたずんでいる姿を発見。私に気付くと歩み寄ってきて「当分かかりそうだから外で待機してていいぞ」と。了解でございます。再び外に出て、豊嶋士長に報告。わが市ではアイドリングストップ運動を推進しておりますから、こうやって待機してる間はエンジンを止めております。車内にいても腰が痛くなるだけ。豊嶋士長と2人、救急車の横で光合成しております。

第46話「悩める救急女子」
 救急車がまた1台やってきました。3人で病院内へ収容すると、機関員だけ車両に戻って車両移動(入口前から駐車スペースに移動)を行います。そんなときは私たちみたいな手隙の仲間がサポートを。豊嶋士長と私で後方確認などを補助します。どの隊も、この間に次の出場準備を整え、あとは引き揚げ待ち。車両のそばで心身の日光消毒(笑)をはじめます。場所的に一般来院者などからは死角になっており、そばに市民の方々もいない。この場所でのこの時間って、束の間の休息ができるのですよ。そして、集まって世間話などが始まります。「ココの病院、建て替え工事してたんだよね。救急入口変わったのすっかり忘れてて焦っちゃったよ」

 南救急隊の機関員、杉山さんによれば、軒並み満床でようやく受け入れてもらえたのがこの市立病院だったそうです。南消防署がある南区からは結構な距離があるので、そうそうココへはやってこない。久々に来てみたら、救急入口が今までと反対側になっちゃってたんでビックリしたそうです。そして話も脱線しはじめます。「そういえば、救命センター受け付けの事務のお姉さん、まだいるのかな?」「もしかして、無駄にセクシーだった娘?」「そうそう、ルックスも、声も、仕草もセクシーだったあの娘!」「残念。1年位前に辞めちゃったらしいよ」「そっかぁ。楽しみにしてたのになぁ…」ちょっとお2人さん、その落胆っぷりはなんなのさ。それより、なにを楽しみにしてるんですか!「…ちょっと2人とも、止めなさいって。ビックリしちゃってるじゃない!」おっさん談義に待ったをかける声は、処置室から戻ってきた女性救命士さんでした。南救急隊の瀬戸彩花消防士長で豊嶋士長と同期だそうです。

 機関員のお2人が下世話なおっさん談義に花を咲かせる中、女子は女子で盛り上がります。ウチの会社には暗黙のルールがありまして、女性隊員は1隊、ではなく1署所1名しかいないのです。これはマンパワーを確保するためといった深い意味があるのではなく、単純に施設面のキャパの問題。女子が当直勤務をするとなると、専用の寝室やシャワー室などを設ける必要がありますが、そのキャパが1名程度。つまり、片番1名の女子しか当直勤務ができないわけです。だから、同じ職場で同じ仕事をしている女子は1名だけ。磯谷署の場合、今期は反対番の1係に女子がいないため、救急女子は2係の私ひとりボッチなのですよ。だから、こうして同じ仕事をしている女子と会話できるのは、ちょっとうれしい。

 「なんだか初々しいねぇ。アタシなんかもうボロボロだよ。それで、奈穂子ちゃんは現場に出てみてどうなの。毎日が新鮮で楽しめてる?…それとも、現実に打ちのめされちゃってる?」彩花姉さん、ストレートですね。「出場の度に発見があってやりがい感じてます。でも、自分のダメっぷりも痛感しちゃって…」「そっかぁ。ダメっぷりって、やっぱり体力とか?」「そうです。エレベーターのない高層階からの搬送時とか、日常でもストレッチャーの取り扱いとか、パワー不足を痛感させられます」「やっぱりねぇ。そこ、悩んじゃうよね。男子と違って、女子は筋トレを継続しないと筋力がすぐ落ちちゃうもんね。でもね、体力に関してはそんなに悩まなくて大丈夫だよ。地道に体力練成重ねる必要はあるけど、現場じゃ消防隊との連携でカバーもできるし。それにね、腕力以外はあんまり男女の差ってないかもしれない。個人的な感覚だけど」彩花姉さんいわく、腹筋や下半身の筋力は、むしろ男子より強いかもという。だから、必要な筋肉を継続的に維持するよう心がけ、無駄に悩む必要はないとアドバイスしてくれた。

 ほかにも、「夜間の繁華街出場でからまれやすい」という点も共鳴。これも男性隊員のフォローや警察官を要請して対応してもらうことで回避できると話してくれました。「でさ、奈穂子ちゃん真面目そうだから、次のステップで“そこまでして女性の自分がいる意味があるのかしら?”って悩んじゃうでしょ?」ひぃぃぃ。見透かされてしまっている。彩花姉さんもそのタイプなのですな。「わたしもさ、救急車乗り始めてすぐに自分のダメっぷり痛感しちゃって、早く異動したいって思ってた。でもね、現場活動を重ねていく中で、女性の患者さんから『男性隊員には話しづらい事でも、女性隊員がいたから安心して話をすることができた』って言ってもらえたの。ほかにも、何気なくしてた声かけに『不安と緊張をやわらげてくれた』って、涙ながらに感謝された事もあった。足を引っ張ってるとしか思えなかった自分が、少しでも患者さんの支えになれたんだって、すごく嬉しかった。でね、ならば私だからできることを増やそうと思って、救急救命士を目指したの」わかりますぅ〜。患者さんの言葉、救われますよね。彩花姉さんは続けてこんな話もしてくれた。

 「たぶん、今は実感ないかもしれないけど、女子の場合は出産や育児休暇後の職場復帰とかいう悩みも出てくるんだよね。以前は女性吏員最大の悩みとして大きな壁になってて、解決策を見出せず、結婚を機に退職する人も多かった」確かに、当直勤務があるだけでいろいろ大変そう。「私の師匠で今は局の救急課にいる女性救命士がいるんだけど、その方は現場隊員だった頃に2人の子供を育ててた。1人目の出産育児の時に何の準備もできないで職場復帰したんで、いろいろ苦労したんだって。だから2人目のお子さんの時には、休暇中に救急現状の情報教えてって連絡貰ったし、職場復帰が近くなった頃には一緒に実技訓練とかしたんだ。こうした準備があったから、1人目の時よりもスムーズに仕事に復帰することが出来たって言ってた」すごいなぁ。私にもできるのかな、そんな大変なこと…。

第46話「悩める救急女子」

 「この先いろんな悩みにぶつかると思うけど、同じ女子で、それを乗り越えてきた先輩がいるし、悩みを共有して助け合える仲間もたくさんいる。今は大変な時で、先のことは考えられないかもしれないけど、参考事例はいっぱいあるから、悩みすぎちゃダメだよ」なんとも力強い、ありがたいお言葉。なんだかがんばれそうな気がしました!!…そうこうしてると、隊長が帰還。引き揚げのお時間になってしまいました。去り際に、彩花姉さんが「奈穂子ちゃん、アノ頃の自分見てるみたい。なんかあったら相談して。連絡先、豊嶋から聞いてね」といってくれた。

 この先どうしたいっていう目標がまだない私。だって、救急を続けたいと思う一方で『やっていけるのかい?』と思っちゃうし、そんなだから『救急救命士になりたい!』とかすぐには思えない。でも、目標は増えたぞ。彩花姉さんのような、頼もしい救急女子を目指すのだ。…がんばっちゃうもんね、私。

登場人物
鈴里奈穂子消防士:NAHOKO SUZUSATO
磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。
小原豊消防司令補:YUTAKA KOHARA
近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。
豊嶋和人消防士長:KAZUTO TOYOSHIMA
運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。
宮本悠消防士長:HARUKA MIYAMOTO
磯谷消防署城野消防出張所に配置された救助隊で副隊長役を務める中堅隊員。現場で顔を合わせることもしばしばあり、日ごろからの連携訓練により、救急隊とも顔なじみ。
※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita / Illustrated by Takao Sato

WINTER 2016/FIRE RESCUE EMS vol.72
 

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