2016.04.11

赤色灯の下で。FIRE STORY 赤色灯の下で。

第47話「心が折れるとき」

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FIRE STORY 赤色灯の下で。

第47話「心が折れるとき」

 週休が明けた。署に向かう足がこんなに重いと感じたことはないな。週休前の2当直は、ちょっとしんどかった。ココロ、思いっきりえぐられちゃった感じ。6日前。この日は、大きな変化があった。卒配以来、私の師匠として時に厳しく、そしてやさしく指導してくれていた隊長が、救急を離れることになった。「卒業」を迎えるまでの最後の1ヶ月、はしご隊長として赤い車に乗ることになった。我が社では、はしご隊は隊長と機関員の2名乗務。軽ワンボックス車に可搬式ポンプを搭載したミニ車も乗り換え運用する。署長の「最後に消火系に乗ってはどうだ?」という提案で実現したこの配置換え。最初は隊長も「消防隊のみんなに迷惑かけるから」などと難色を示してたけど、消防隊のみなさんのウェルカムムードに後押しされて、今日からはしご隊長に就任です。「見慣れない。そして、全く似合わない!」朝一番に紺色活動服の小原隊長を見て爆笑してた豊嶋士長。今度は点検で防火衣姿になった小原隊長を見て、大爆笑してるし。寂しいキモチ満開だったんですが、豊嶋士長のおかげで私も貰い笑い。確かに、違和感炸裂ですね。隊長、そして私にとっての慣れない日々が始まりました。

第47話「心が折れるとき」
 大きなトラブルもなく、あと数時間で勤務が明けるという頃に出場指令。救急車に飛び乗って署を後にします。母親からの通報で、朝起きたら生後6ヶ月になる男児が呼吸をしていないとのことだった。司令課情報では母親はパニック状態で、詳細な情報聴取も口頭指導による心肺蘇生法実施も困難とのことだった。とにかく急がなきゃ。現場に到着すると、家の前に女性が立っていた。その手には男児がしっかりと抱かれていた。すぐさま観察するも、その子は顎関節、そして四肢に硬直が見られる状態。明らかな社会死状態だった。「大丈夫ですよね?この子、大丈夫ですよね?」母親は同じ言葉を何度も何度も繰り返した。発見時の体位は仰臥位で、既往歴もなし。その他の状況を確認しても、死に至る原因は見当たらなかった。乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)。それまで元気だった赤ちゃんが、事故や窒息ではなく眠っている間に突然死亡してしまう病気。日本での発症頻度はおよそ出生6000~7000人に1人といわれており、生後2ヶ月から6ヶ月に多いとされています。状況が状況だけに、母親の気持ちを考慮して、CPRを実施しながら病院搬送を行いました。やっぱり、小さな子の関係する事案はイヤだ。ケガや病気だというだけでもイヤなのに、死んでしまうと、完膚なきまでヘコむ。でも、キモチ入れ替えなきゃ。そう言い聞かせて、勤務を終えた。

 非番を挟んで、4日前の当直。またしても勤務明け直前に、指令トーンが鳴り響く。途端に心拍数が上がるのがわかった。現場へ向かう救急車に、支援情報が送られてくる。乗用車対歩行者の交通事故。通学途中の小学生の列に乗用車が突入し、負傷者多数ある模様──。また、子供だ。現場に到着し、まずはトリアージ。すると、目撃者の1人が「あっち!事故車のそば!!」と声を上げる。隊長と私が少し離れた位置にある事故車のそばに駆け寄ると、黄色いカバーがかけられた赤いランドセルの横に、小さな女の子が横たわっていた。観察、そしてバイタルチェックを行う。CPA状態。直ちにCPRをはじめた。…ここから先の記憶が、ない。次に覚えているのは、病院搬送後に死亡確認されたこと。そして、駆けつけた両親が泣き崩れる姿だった。帰署した頃には大交代も終わり、反対番の皆さんが事務所でそれぞれの仕事をしていた。「おー、お疲れさん」耳慣れた声が聞こえてきた。紺色活動服姿の小原隊長だった。帰らずに、何してたんでしょ?「ワリィ、鈴里。お帰り前にちょっと時間あるかい?」手にロープを握り、ヒソヒソと声をかけてきたよ。促されるがまま、車庫にやってきた。「こう見えてもはしご“隊長”だろ?赤い車乗るんだから結索くらい“隊員”に負けちゃいられねぇと思ってさ。まずはお前で小手調べだ。勝負しろ!」おや、いきなりの宣戦布告だぞ!ちょっと前まで消防学校で特訓してたんですからね。甘く見ちゃいけませんよ!「三重もやい結び用意…始め!」いきなり号令かけて、始まっちゃったよ!!アタフタしてたら、小原隊長、もう終わってるし。早いし。「そこまで錆付いちゃいねぇよ」と、したり顔の小原隊長。そして、ロープを整理しながら話を続けた。「なんかよ、俺が救急離れてから大変みたいだな?」あ、知ってたんだ。それで声かけてくれたんだね。嬉しかった。途端に涙があふれてきた。そして、考えていったわけじゃなく、コトバが口からこぼれ落ちた。「また、死んじゃった…」この2当直の出来事を、話した。小原隊長はただただ話を聞いてくれ、励ましてくれた。「…いいか鈴里。前にも言ったけど、話したければ、話したい相手に話せばいい。豊嶋もいれば、隊は変われど俺もいる。溜め込んじまっても、お肌が荒れるだけだぞ」少しだけ、ココロがスッキリした。そんな気になれただけありがたかった。

第47話「心が折れるとき」

 勤務があけて、非番、そして週休。時間があると、逆にいろいろ思い出しちゃう。キモチをリセットしきれぬまま、重い足、重いココロで当番日の今日を迎えた。いつもはイラっとくる軽症者対応も、今日はなんだか安心した。だって、確実に命に関わる出来事はないから。夕飯が済んでしばらくたった頃、火災を知らせる指令トーンが鳴り響いた。全員が一斉に車庫に走る。受付で指令書を受け取った私が、一歩遅れて車庫に出る。防火衣をまとい、ミニ車の横に立つ小原隊長と目が合った。大きくうなずく小原隊長。私も、それに答えるように大きくうなずいて、救急車に乗り込んだ。間もなくして現場到着。消防隊はすぐさまホースを延長し、消火と並行した人命検索を開始した。私たち救急隊もストレッチャーや救急バッグを手に、現場に向かう。「要救発見っ!!」「ストレッチャーまわせ!」消防隊の怒号が響いた。そして、小学生くらいの女の子を抱えてくる消防隊員の姿を目にし、思いっきり殴られたくらいの衝撃をアタマに感じた。目の前のストレッチャーに女の子が寝かされる。衣服や顔もかなり煤けて、鼻の中にも煤が付着している。あれ、ヤバイ。動悸が半端ない。騒がしいはずなのに、何も聞こえないや。隊長が私に向かって何か言ってる。あ、酸素投与しなきゃ。呼びかけても反応がない。痛み刺激反応をみようとしたけど、手に力が入んない。あれ、ダメだ。…この光景、見たことある。卒配んなってすぐの火災。あの子、あかねちゃんだった。ダメだった。こないだの赤ちゃんも、女の子もダメだった。この子もまた…。私が現場出ると、みんな死んじゃうんだ──。そんな声が自分の頭の中でこだましていた。胃の奥からこみ上げてくるものを、必死で堪えた。でも、立っていられなかった。膝から崩れそうになった私を、誰かが後ろから抱えてくれて、耳元で大きな声でこう叫んでくれた。「鈴里!大丈夫だ。見ろっ!!」大きいけど優しい声。小原隊長だった。その声で我に返り、ストレッチャーを見る。そこには、意識を取り戻して泣いている女の子の姿があった。よかった──!!ごめんね、あたしがこんなじゃいけないね。女の子に声をかけながら救急車に収容。病院に搬送した。

 女の子は入院加療の要はあるものの、命に別状はなかった。なんだか、いつにもまして嬉しかった。その一方で、ココロはモヤモヤしたままだった。限界は自分が決めてしまうもの。限界と思ったらそこが限界になってしまう──消防学校で何度も言われてた言葉が頭をよぎった。──わたし、もう、限界かもしれない…。

登場人物
鈴里奈穂子消防士:NAHOKO SUZUSATO
磯谷消防署で働く、19歳の救急隊員。初任教育を終え、同期の女子の中で唯一警防職員となり、救急隊に配置された。文字通り右も左も判らぬ状況の中、先輩や隊長に叱咤激励されつつ任務にあたっている。
小原豊消防司令補:YUTAKA KOHARA
近々定年を迎える磯谷救急隊隊長。消防人生のほとんどを救急で歩んできたエキスパートで、救急の全てを知り尽くす。“命”の現場では一切の妥協も許さない性格から、新人には鬼に見えることもしばしば。
豊嶋和人消防士長:KAZUTO TOYOSHIMA
運転に最も神経を使う救急隊機関員を務める。気は優しくて力持ちが信条の中堅隊員で、救急隊のムードメーカー役。小原にとっては信頼できる部下であり、鈴里にとってはやさしい兄貴的存在。
宮本悠消防士長:HARUKA MIYAMOTO
磯谷消防署城野消防出張所に配置された救助隊で副隊長役を務める中堅隊員。現場で顔を合わせることもしばしばあり、日ごろからの連携訓練により、救急隊とも顔なじみ。
※この小説はフィクションです。 Text by Shinji Kinoshita / Illustrated by Takao Sato

SPRING 2016/FIRE RESCUE EMS vol.73
 

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